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河竹新七(初代) かわたけ しんしち

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

河竹新七(初代) かわたけ-しんしち

1747-1795 江戸時代中期の歌舞伎作者。
延享4年生まれ。江戸中村座の座付作者となり,安永4年初代中村仲蔵のために常磐津(ときわず)浄瑠璃垣衣恋写絵(しのぶぐさこいのうつしえ)」をかいて名をあげる世話物を得意とし,主として仲蔵のため作品を執筆した。仲蔵の「秀鶴日記」の代筆者という。寛政7年3月14日死去。49歳。通称は進三。俳名は能進。

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朝日日本歴史人物事典の解説

河竹新七(初代)

没年:寛政7.3.14(1795.5.2)
生年:延享3(1746)
江戸中期の歌舞伎狂言作者。本名竹三郎。俳号能進。別号能進斎。師については諸説があって未詳。明和1(1764)年,江戸中村座にはじめて名がみえ,以後,江戸で活躍するが,その期間は短く,天明のはじめには引退したらしい。主に初代中村仲蔵のために作品を書き,安永4(1775)年の常磐津浄瑠璃「垣草恋写絵」(「忍売」)は今も演じられる名作。他に「伊達錦対将」「白井権八狂言始」「信太長者柱」などが知られる。仲蔵の随筆『秀鶴日記』も事実は彼の著作という。東京向島百花園に2代目新七を継いだ河竹黙阿弥の追悼文を彫った「しのぶ塚」が建っている。<参考文献>守随憲治『歌舞伎序説』

(諏訪春雄)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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