PCBが原因となって起こった食品公害病。1968年10月,福岡県に痤瘡(ざそう)様皮疹を主訴とした〈奇病〉が多発した。調査の結果,翌11月に,患者の皮下脂肪と,患者の食品調理に用いられていたカネミ倉庫(株)製油部製のライスオイル(米ぬか油)に,鐘淵化学工業製のカネクロール400(PCBの一種)が含まれていることが明らかにされた。これ以来,この福岡を中心として長崎などにも多発していた〈奇病〉は油症あるいはカネミ油症と呼ばれるようになった。病気の原因となったPCBは,〈カネミライスオイル〉製造に際し,脱臭工程で油を加熱するための熱媒体として用いられたものであり,これがピンホールあるいは工事ミスによって油に混入したものとされる。
現在までのところ,油症の認定患者は,西日本を中心に全国で1833人(うち死亡116人)であり,日本で最大の食品経由の化学物質中毒事件となった。
油症患者の症状は多彩で,産業中毒としてのPCB中毒(日本では2例のみが業務上中毒として労災補償を受けた)にみられる塩素痤瘡などの皮膚障害や肝臓障害以外に,目やにや眼の粘膜充血,上まぶたの浮腫,一過性の視力減退などの眼症状,脱力感や手足のしびれ,つめの黒変や皮膚粘膜の変色や色素沈着などの多くの症状がみられた。患者の発生は1967年暮れから始まり,翌68年6月から8月にピークとなり,事件報道後の11月には激減して,12月で終わっている。種々の調査の結果,1967年2月製造出荷されたライスオイルを使用した家庭で最も集中的に発症しており,PCB摂取量が1~2mlを超えると100%罹患すると推定された。また油症の母親から皮膚にメラニン色素沈着の多い〈黒い赤ちゃん〉が生まれた例もあり,母乳を通しての乳児への移行だけでなく,PCBの経胎盤的移行があることも明らかになった。
76年に改訂された油症治療研究班の診断基準では,発病条件としてのカネミライスオイル摂取のほか,重要な所見として,(1)痤瘡様皮疹,(2)色素沈着,(3)マイボーム腺分泌過多,(4)血中PCBの濃度と性状の異常をあげ,さらに参考となる症状として,全身倦怠感,頭重,四肢の異常感覚,不定の腹痛などの自覚症状とつめ,気管支の異常所見をはじめ,血清中性脂肪増加,ビリルビン減少,小児での成長抑制および歯牙異常などの他覚的所見をあげている。
決定的な治療法や特効薬はなく,血中PCB濃度が一般人に比べてやや高い程度にまで減少してきている現在でも,患者のなかには,いまなお複雑な自覚症状とともに,皮膚の色素沈着や痤瘡,マイボーム腺分泌過多のような他覚所見をもつものが多い。最近,熱媒体に使用したカネクロールのなかで,きわめて毒性の強いジベンゾフランが合成されていたことも指摘されている。
1968年2~3月,西日本でカネミライスオイルの副産物〈ダーク油〉を用いて作った飼料でニワトリにヒナ浮腫が起き,大量死した事件があり,PCBが原因であることが農林省の調査で判明していた。にもかかわらず,カネミライスオイルに対して食品衛生上の措置がとられなかったため,油症の発生を防ぐことができなかった。
なお,患者たちは国と北九州市,製造元のカネミ倉庫,カネクロールのメーカーの鐘淵化学を相手として損害賠償の裁判を行い,判決と決着が食品の安全性確保のうえからも注目されていたが,1987年最高裁の和解案で決着した。
→カネミ油症事件 →公害病 →PCB
執筆者:溝口 勲
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
1968年(昭和43)秋に福岡県を中心に発生したポリ塩化ビフェニル(PCB)中毒をいう。
[編集部]
…これは大気汚染が工場などの固定発生源からの硫黄酸化物を主体とするものから,移動発生源窒素酸化物を主体とするものに変わってきたことによって第一種地域の呼吸器疾患発生率が他とくらべて非常に高いという知見が認められなくなったためである。 また,公害健康被害補償法の対象とはなっていないが,食品公害の代表的な疾病である(カネミ)油症(PCB中毒症),(森永)ヒ素ミルク中毒症は明らかに公害病であり,さらに公害病予防の見地から考えると,千葉県君津市のダンプ公害による塵肺(じんぱい)傾向の増加や,名古屋市内の新幹線騒音・振動による睡眠障害,消化器疾患の増大などにも,注意と医学的知見の蓄積を図る必要性がある。残留性の高い農薬やアレルギー性疾患を起こす繊維加工剤などについても絶えず注意をはらっていかなければならない。…
※「油症」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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