皮膚の肉眼的病変の総称名で、発疹(ほっしん)とよばれることも少なくない。皮膚に限局した疾患、あるいは全身もしくは皮膚以外の疾患とかかわりの深いものも含め、皮膚にみられるあらゆる病変について、病態の変化や発病の機序がいろいろの面から解明されている。このような近代皮膚科学の基礎は、皮疹の肉眼的形態を詳細に観察記載することによって築かれた。皮疹のいくつかの基本的形態の概念とその名称は、専門的皮膚科学書でなくても、皮膚疾患について語る場合には、避けて通ることのできないものである。
[川村太郎]
皮疹の重要な基本形には次のものがある。〔1〕斑(はん) 色調の変化が異常であって、原則として周囲の皮膚面から高くも低くもない。メラニンが減少もしくは消失すれば白斑となり、増加すれば色素斑となる。血色素量が減少すれば貧血斑、増加すれば紅斑となる。血液が血管外に溢出(いっしゅつ)したものが紫斑で、紅斑と異なり圧迫しても色が去らない。〔2〕丘疹 皮膚面から隆起した発疹で、大きさは留め針の頭大からエンドウ大まで、形は半球状、円錐(えんすい)状、扁平(へんぺい)状などに高まり、その輪郭は円形、楕円(だえん)形、多角形などである。〔3〕結節 丘疹と同性質の皮膚隆起で、エンドウ大以上のものをいう。さらに著しく大きいものを腫瘤(しゅりゅう)とよぶ。〔4〕水疱(すいほう)(水ぶくれ) 清澄な漿液(しょうえき)がたまって半球状に隆起したもので、ときに鶏卵大を超える。米粒大以下の水疱を小水疱という。〔5〕膿疱(のうほう) 表皮内もしくは表皮下に膿(うみ)がたまって、黄色みを帯びた濁った液として透見されるもの。初めから膿疱である場合と、水疱の中に白血球が集まってきて膿疱に変わる場合とがある。〔6〕嚢腫(のうしゅ) 真皮もしくは皮下組織に生じた袋のような病変であって、嚢腫壁の内面は通常上皮細胞で覆われ、その中には液状、半固形のもの、もしくは角質塊などが入っている。粉瘤(ふんりゅう)やガングリオンがその例である。治療は切開だけでは不十分で、嚢腫壁までとる必要がある。〔7〕膨疹 真皮の表層に限局性の浮腫が生じ、境界が明瞭(めいりょう)で、表面は扁平に高まり、個々の皮疹は速やかに(たとえば30分以内)消える。カなどに刺されてできるが、じんま疹の主病変でもある。〔8〕表皮剥離(はくり)もしくはびらん 皮膚表面の浅い欠損であって、表皮だけが失われたもの。治癒後に瘢痕(はんこん)を残さない。例としては水疱や膿疱が破れて生ずるものなどがある。〔9〕潰瘍(かいよう) 皮膚表面の深い欠損で、真皮も少なくとも一部分欠損している。治癒後に瘢痕を残す。〔10〕膿瘍 真皮ないし皮下組織に生じた、膿のたまった空洞である。自然に破れるか切開して排膿すると治る。〔11〕亀裂(きれつ) 俗にひび割れといわれる状態で、真皮に達する細く深い切れ目。〔12〕鱗屑(りんせつ) 正常表皮の最外層の角質はすこしずつ脱落しているが、不潔にしない限り肉眼的に脱落を認めない。角質の産生が病的になると、脱落しつつある角質が、ぬか様、板状、そのほか種々の形の鱗屑として皮膚の表面に認められる。鱗屑のみられる状態を落屑という。落屑の細かく小さいものを粃糠疹、大きいものを剥脱(はくだつ)とよぶ。〔13〕痂皮(かひ)(かさぶた) 漿液や膿汁などが乾いて固まり、びらん面などを覆っているもの。〔14〕胼胝(べんち)(たこ) 皮膚とくに角質の限局性増殖肥厚をいう。〔15〕瘢痕 真皮の欠損が結合組織の再生によって補充された状態をいう。瘢痕では皮膚の表面の凹凸(皮丘、皮稜(ひりょう)、皮溝)が再生しないから、皮膚の表面に独特の光沢を生ずることを免れない。形成手術の大きい目標は、瘢痕をできるだけ目だたないようにするということである。瘢痕が肥大する場合(肥大性瘢痕)と、萎縮(いしゅく)する場合(萎縮性瘢痕)がある。〔16〕萎縮 皮膚組織の退行変性で、萎縮した皮膚は薄くなる。外傷、熱傷(やけど)のほか種々の病気でも瘢痕性病変を経て、あるいは病気によっては原発的に萎縮をおこすことがある。
[川村太郎]
皮疹と全身との間には次のような各種の関係がある。
(1)皮疹と全身とのかかわりが少なくて、皮膚だけの病変と考えてよい場合、つまり、まったく皮膚に限局した病変として、たとえば「ほくろ」などがある。また、小範囲の接触皮膚炎や軽い皮膚の感染などは、全身的背景や全身への影響は皆無ではないが、あまり気にしないでよい。皮膚病とよぶべきものの範囲はかならずしも明確でないが、このたぐいの疾患はもっとも典型的な皮膚病である。
(2)病変はいちおう皮膚に限局しているが、その全身に及ぼす影響の大きいものとしては、たとえば天疱瘡(てんぽうそう)や広範囲熱傷などがある。このたぐいの病気も皮膚病と考えてよく、現実に皮膚科で取り扱われている。
(3)全身性疾患の皮膚病変の例としては梅毒疹などがある。この場合は梅毒が性病であるから、主として皮膚科で扱い、眼、中枢神経、内臓そのほかの病変があれば、それぞれの科と協力して診療にあたる。皮膚結核の場合、いちおうは全身のチェックをするが、皮膚以外の病変のない場合が多く、したがって皮膚科で診療されることが常である。母斑症や膠原(こうげん)病なども全身疾患であるから複数科で診療されるが、皮膚科が中心となる場合も少なくない。
(4)内臓病変の皮膚症状は皮膚病とはいいがたいが、とくに診断において、皮膚科の役割の大きい場合も少なくない。〔1〕内臓の悪性腫瘍(しゅよう)でおこる皮膚病変は、皮膚科での診察の結果、内臓病変の診断にたどり着くことがある。たとえば、内臓腫瘍の皮膚転移は結節を呈することが多く、顕微鏡的所見で腫瘍転移であることがわかる。また、原発巣がどの内臓であるかの見当がつく場合もある。さらに、悪性腫瘍による紅斑、水疱その他の病変は、悪性腫瘍で生じたのではないかということが、皮膚科での診察でわかる場合が少なくない。〔2〕糖尿病では癤(せつ)のような細菌感染や、カンジダ症のような糸状菌症がおこりやすくなる。また、血管病変によって壊疽(えそ)、そのほか黄色腫、瘙痒(そうよう)症などもおこる。〔3〕肝臓疾患による皮膚症状には次のようなものがある。黄疸(おうだん)(皮膚および眼球結膜が黄色になる)、くも状血管腫(アワ粒大からエンドウ大くらいの赤色丘疹を中心とし、その周囲に細い赤い糸のような血管腫が、クモが脚を広げたように周囲の皮膚に広がっている)、その他の血管拡張、女性乳房(男性の乳が膨らんでくる)、わき毛および陰毛の脱落、皮膚瘙痒症、黄色腫などである。〔4〕クッシング症候群(副腎(ふくじん)皮質機能の亢進(こうしん))では、満月様顔貌(がんぼう)および赤紫色の線状皮膚萎縮がみられる。〔5〕アジソン病(副腎機能の慢性不全)ではメラニンの産生が促進されて皮膚が黒くなる。〔6〕甲状腺(こうじょうせん)の機能が低下すると、びまん性粘液水腫がおこる。機能亢進時には限局性粘液水腫がみられることがある。
(5)妊娠による皮膚症状には以下のようなものがある。〔1〕内分泌の変化に基づく皮膚の変化としては、まず皮膚の色が黒くなる。また、妊娠中に毛髪の成長が促進し、出産後は脱落が促進する。ただし多毛症という程度になると、病的であることの疑いがある。さらに、線状皮膚萎縮、くも状血管腫その他の血管拡張もみられる。〔2〕そのほかの変化としては、皮膚瘙痒症、痒疹、じんま疹などがある。いずれも妊娠中毒による皮膚反応と考えられ、妊娠3、4か月ごろにみられる。とくに痒疹は初産ではみられず、2回以後の妊娠で毎回発生することが多い。
[川村太郎]
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…皮膚病変を対象とする臨床医学の一分野。皮膚に生ずる病的変化を皮疹と総称するが,皮疹は皮膚にのみ限局してみられ,全身とは関係のないものと,皮膚以外の臓器をも含めた全身病の部分症状であるものとに大別される。皮膚科医は,広い臨床医学の知識の上にたって全身病との関連からつねに皮疹を観察している。…
※「皮疹」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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