泉城跡
いずみじようあと
[現在地名]矢板市東泉
内川左岸の丘陵上に位置する中世の山城。内川の対岸に東泉の集落があり、内川を挟んで田地が広がる。城跡の現況は山林と畑地である。内川を西側直下に望む丘陵上に本丸を設け、丘陵斜面に二の丸・三の丸を配し、南流する内川は外堀の役割を果している。本丸は東西約五五メートル・南北約九〇メートルの長方形状を呈する。三の丸を含めれば南北二〇〇メートル・東西一五〇メートルとなる。
泉城跡
いずみじようあと
[現在地名]金井町泉 和泉
国道三五〇号のすぐ北側の小字町にある。現在は半分土塁を残して畑地となり、堀跡は水田となっている。跡地からは須恵器片や土師器片とともに黄瀬戸の破片や明国製の青磁の破片が出土する。応永二九年(一四二二)一二月一二日の室町将軍家(足利義持)御教書(木村正辞氏所蔵文書)で、泉保の一部を安堵された本間末長、さらに「佐渡故実略記」所収の永享七年(一四三五)二月三〇日(史料どおり)の普広院義教判物にみえる本間頼長の居城と思われる。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
Sponserd by 