法規範によって保護されるもの(保護客体)の総称。具体的内実としていかなる性質・要件のものを考えるかについてはさまざまな見解があるが,日本では一般に客観的・平均的利益または価値とされている。法益概念は全法領域にわたり用いられるものであるが,日本ではことに刑法理論学の実質的不法論(何が処罰に値する行為の一般的要件であるかを論ずる領域)における中核概念として注目されているため,以下では刑法学上の用法を説明する。
法益は,行為の向けられる有形の物または人である行為客体と区別される。例えば,公務執行妨害罪の行為客体は公務員であるが,法益は公務の円滑な遂行等である。沿革的にみると,現在までの一般的理解によれば,法益の概念は,啓蒙後期自然法思想の影響下で,中世において恣意的に拡張されすぎた犯罪概念を限定すべくP.J.A.vonフォイエルバハにより主張された権利侵害説を,J.M.F.ビルンバウムが批判的に承継し,権利という狭すぎるものに代えて権利以外の保護に値するものをも総称する財Gut概念を提示することにより,1834年に確立したものである。そして,その後の内実をめぐる利益説・状態説等の対立にもかかわらず,また,新カント派価値哲学方法論や利益法学の影響等による立法目的そのものを法益としてとらえようとする試み(方法論的・目的論的法益概念)の存在にもかかわらず,義務刑法・心情刑法を高唱したナチス刑法学に対抗したことにも示されるように,一貫して当初からの立法者拘束的・自由主義的傾向を内在させてきたものと解されている。このような学説史理解に対しては,近時,有力な批判が加えられ,法益概念に代わる実質的不法論の枠組みの獲得努力もなされている。しかし,法益概念をめぐる議論により,何が保護されるべきものかが問われ,明確かつ合理的な刑罰発動の範囲・限界を考えようとする努力が生まれたことは否定できない。法益概念を維持し,いっそう明確化するとともに,その限界を見きわめることが,今後の課題となると思われる。
執筆者:伊東 研祐
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
法により保護された生活利益。法益の概念は法律学で広く用いられるが、とくに刑法学では犯罪、とくにその違法性の実質を法益侵害(法益に対する実害または危険)に求める法益侵害説が支配的である。法益は「生活利益」と解されるように、諸個人の生活に根ざした事実的・客観的基礎をもつものであるから、法益を単に法により保護される利益と定義するのは、法益概念の規範化・主観化を招くので適当ではない。したがって、法益は個人法益、社会法益、国家法益に大別されるが、本来の趣旨からすれば、生命、身体、自由、財産など個人法益が基本とされるべきであり、超個人的な国家や社会を前提とする社会法益や国家法益を強調することは法益論の否定につながる。
法益の概念は、違法性の実質を何に求めるかという違法論において提唱され、発展させられてきた。近代以前には、法と道徳・宗教とが未分化であるため、道徳・宗教に違反する行為が犯罪として広く処罰されたが、近代法のもとでは両者を峻別(しゅんべつ)することが要求されるところから、犯罪の本質を他人の権利を侵害することと解する権利侵害説(フォイエルバハなど)が主張され、広く支持された。その後、犯罪を権利侵害により説明し尽くすことは困難であるとして、犯罪は権利の対象として法により保護される「財」Gutを侵害することであると解する見解が登場し、やがて法により保護される財を「法益」とよぶに至った。これが法益侵害説(ビルンバウム、リストなど)である。この説に対しては、ナチス時代のドイツで、犯罪の本質を義務違反と解する義務違反説(シャフスタイン、ダームなど)の立場から、自由主義、個人主義の思想であると批判されたが、第二次世界大戦後の日本や旧西ドイツでは、法益侵害説が犯罪の根拠や基準を客観的かつ明確に示しうるものとして広く支持された。
[名和鐵郎]
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