貧民に対する医療救済を目的として,1911年に天皇の下賜金と民間資金によって設立された財団法人。日露戦争後貧困者が増加し,病気になっても医者にかかれない状態がひろがった。それまで民間の施療病院が行ってきた慈善医療ではこうした状況に対応しきれず,治安対策上も放置できないため,本格的な救済事業が必要となった。そこで貧困な無告の民への医療保護事業を行うことを指示する天皇の勅語が出され,150万円が下付された。政府はこれをもとに寄付金をつのり,一大救療施設をつくるべく1911年恩賜財団済生会を創設,勅語渙発をてこに施療救済の全国カンパニアを行った。済生会は医療保護事業の中心機関となり,大都市に病院や診療所を設立,施療券を配布して慈恵医療を行った。その後,救護法(1932公布),医療保護法(1941公布),旧生活保護法(1946公布)などによって貧困者医療が国家による扶助として行われるようになったので済生会の性格は変わり,第2次大戦後は純粋に民間の社会福祉法人として医療・児童・障害児の福祉事業などに貢献している。
執筆者:児島 美都子
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貧困患者に対する救療事業を行う恩賜財団。大逆事件により幸徳秋水らを極刑に処した直後の1911年(明治44)2月11日,明治天皇は施薬救療の勅語とともに150万円を下賜した。政府はこれを基に財閥の募金などを加えて同年5月公益法人済生会を設立した。第2次大戦後の52年(昭和27)社会福祉事業法による社会福祉法人となり,各地に医療機関や社会福祉施設を設け,各種の社会福祉事業を行っている。
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