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渾天儀 こんてんぎ

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

渾天儀
こんてんぎ

中国で,前2世紀頃から天体の位置測定に用いられた器械。ギリシアのアーミラリ・スフェアやイスラムアストロラーブと似ている。水平,赤道,子午線の平面に固定された六合 (りくごう) 儀,その内部で回転する4つの環から成る三辰儀,その中で南北両極を軸として回転する双環とそれに取付けられて南北に回る筒とから成る四遊儀の3つの部分からできている。

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デジタル大辞泉の解説

こんてん‐ぎ【×渾天儀】

古く中国や日本で、天体の位置や運行を観測するのに使った器械。天空の円形をかたどり、地平環をつけ、黄道赤道の遊動環を交錯させたもの。諸環の中央にある小軸によって1個ののぞき筒が自由に回転する。これを天体に向けて観測する。アストロラーベ。→渾天説

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百科事典マイペディアの解説

渾天儀【こんてんぎ】

古くから主として中国で天体の位置の観測に用いられた天文観測器械で,渾儀ともいう。すでに前漢の時代(前2世紀ごろ)から使用されていたともいわれる。時代によって若干異なるが,たとえば唐代に李淳風が作ったものは,子午環・地平環・赤道環から成る六合儀(りくごうぎ),4個の円環が南北極を軸として回転する三辰儀(さんしんぎ),南北極を軸として回転する双環とその中で南北に動く望筒からなる四遊儀の3部分で構成され,望筒を天体に向け,各環に刻まれた目盛でその位置を読みとった。
→関連項目張衡西川如見

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世界大百科事典 第2版の解説

こんてんぎ【渾天儀 hún tiān yí】

渾儀ともいう。古くから天体の位置を観測するために用いられた器械。前漢の太初改暦(前104)のときには落下閎(こう)が作った渾儀が使用されており,すでに漢代以前から存在したという主張もある。後漢の賈逵(かき)はこれに黄道環を加え,黄道銅儀とよんで二十八宿の黄道経度などを測定し,南北朝期の張子信(6世紀)は渾儀によって太陽,月,五惑星の視運動を観測した。唐代の李淳風が作った渾儀は3層よりなり,子午環・地平環・赤道環よりなる外層の六合儀,璣環・赤道環・黄道環・白道環よりなる中層の三辰儀,南北極軸上を回転する赤経双環および双環の中を南北に回る窺管(きかん)(望筒)よりなる内層の四遊儀によって構成されていた。

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大辞林 第三版の解説

こんてんぎ【渾天儀】

古代中国の天文観測装置。地平線およびそれに直角に交わる子午線、天の赤道や黄道などを表す目盛付各円環を組み合わせたもの。赤道環や黄道環を回転させて、天体の位置や運行を観測する。渾儀。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

渾天儀
こんてんぎ

古代中国の、天体研究のための器械。後漢(ごかん)の時代の技術者張衡(ちょうこう)が、順帝(在位126~144)の代に「地動儀」という地震計を製作し、また「渾象(こんしょう)」とよぶ観測器械を発明したという。後者が渾天儀で、玉衡(せんきぎょくこう)ともよばれ、内外規、南北極、黄赤道、二十四気(二十四節気)、二十八宿、中外星官(星座)、日月五緯(太陽、月、五惑星。日月五星ともいう)などの目盛りをつけた円環の組合せで、密室内に置いて漏水により運転し、天体の位置を推定したという。今日のプラネタリウムのような器械であったが、宇宙が球状構造であるという宇宙論「渾天説」に従って構成されていた。渾天儀は中国の観測器械の中心となり、隋(ずい)代には観測用の円孔をつけた照準衡が取り付けられ、実地の天測に用いられるようになったという。現在、北京(ペキン)古観象台に残されている渾天儀は明(みん)代の製作と伝えられ、青銅製である。[石田五郎・藤井 旭]
『能田忠亮著『東洋天文学史論叢』覆刻版(1989・恒星社厚生閣)』

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世界大百科事典内の渾天儀の言及

【中国天文学】より

…前2者は現在の赤経・赤緯にあたるものであるが,〈黄道内外度〉はやや特殊なもので,インド天文学にいう〈極黄緯〉と一致する。これらの数値より逆算すると,現存の《石氏星経》は前70年ごろに〈渾天儀〉によって観測された数値によると思われる。現在は周天を360度に分割するが,中国では1年の端数に等しい数に分割してきた。…

【天文台】より

… 一方,中国でも,伝説上ではあるが,尭帝の時代に,恒星の南中を観測して1年の長さをきめていたとされている。下って前104年,前漢の時代に太初暦という暦が制定されたころ,落下閎(こう)という天文学者が,以後長く中国の伝統的天文観測具となった渾天儀を使って観測したという。その後,隋,唐,宋の各時代にも,この渾天儀が改良製作され,1260年になって元のフビライが皇位に就き,北京に天文台を建設したときに作られたものは今でも残っている。…

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