身体の清潔、病気の治療を目的として大気以外のものに身体を浸すこと。日本では沐浴(もくよく)(洗髪と洗身)、湯あみが古代からの用語で、近世に入湯、行水が加わり、20世紀後半に入浴を英語bathの訳語に採用して現在の意味で用い始めた。入浴は、身体を浸す自然物がある場所に人間が移動するタイプと、身体を浸すものを人間が設定するタイプに大別される。
前者に多いのは、海、川、池などでの水浴である。温泉のない地域では着衣のままの冷水浴が古代から現代までのもっとも普遍的な入浴方法で、子供の水遊びが分化していない事例が多い。冷水浴以外の入浴が普及した文化では、冷水浴を特殊視しがちだが、ガンジス川の沐浴や古代日本の禊(みそぎ)・水垢離(みずごり)などは各文化の日常的冷水浴が宗教的観念と状況的に結合した習慣とみるべきであり、各文化の「清浄性」を象徴する慣習であると主張するのは行きすぎだろう。
身体を浸すものを人間が設定する入浴のうち古くから発達したのは、高温加熱した石などに大きくない容器に入れた水をかけて発生させた蒸湿気を、非通気施設内に充満させて入浴する方法である。半地下式の狭い空間にたき火で焼いた石を置き、小さな容器に入れた水をかけて蒸湿気を発生させて入浴する方法は、施設、道具が単純で、燃料も少なくてすむので、気候が冷水浴に適さない地域の諸民族では広く採用された。フィンランドのサウナ、ロシア風呂(ぶろ)などの原形に近い方法もあるが、地中海、西アジア地域ではこの方法が早くから高度に発達し、高・中温の2種類の暖湿気浴室、蒸気浴室、脱衣場を基本セットとした入浴施設が考案された。ローマ帝国では、ヘレニズム期に導入されたオリエントの入浴方法を洗練させ、各地の都市に基本セットに冷水浴を加えた共同浴場を建設した。各種施設を加えた巨大文化センターだったローマのカラカラ大浴場はとくに有名であり、ポンペイでは共同浴場の地上部分も出土した。中世イスラム諸国では、基本セットを備えた個室を集合させた共同浴場が普及し、都市生活の重要な要素であった。
中世ヨーロッパでは入浴を異教的とみなしたので、バス・タブでの洗身が一般的だったが、19世紀初め以降、新発明のシャワーがイギリスを中心に普及し、シャワーのみの共同洗身場、シャワー・冷水プール付きのローマ型、イスラム型共同浴場が各地に建設された。
古代文化のなかでは最北に位置する黄河流域では、狭い浴室で小さい湯槽から水をくみ出して身体を洗う方法が冷水浴と並んで有力で、蒸・暖湿気浴は発達しなかった。中央・西アジアとの接触が高まった8世紀前後から入浴用小道具の発達がうかがえ、宮中などで全身温水浴施設をつくり始めた。石炭の燃料使用の始まった11世紀前後に、全身浴用大容量槽の温水化が安価になって温水浴が普及し、石炭利用のない周辺諸国にも影響が及んだ。
日本では、中国北部の温水洗身法よりも中央アジア経由の蒸気浴が有力で、大寺院に専用施設を設けたほか、大広間にあつらえた小室の下に風炉(ふろ)、大釜(がま)を据え、発生蒸気を小室内に導いて入浴する方法もとられた。11世紀前後からは武家にも蒸気浴が普及し始め、鎌倉時代には寺院での施浴、共同浴場など不特定多数の利用する入浴施設がつくられることもあった。日本の共同浴場が本格化したのは16世紀末からで、17世紀前半には遊女のいる銭湯、さらに船員・船客向けの風呂船まで出現した。しかし、近世庶民の銭湯利用はかならずしも日常的ではなく、浴室を設けない冷水(のちに温水)洗身、つまり行水が一般的だった。近代日本では、伝統的な独立家屋型浴室がある程度普及したが、水と燃料供給上の障害、広い敷地、煤煙(ばいえん)発生などから日常化には限界があり、煤煙の少ない流体燃料用小型ボイラーと水道が普及する以前の入浴頻度はそれ以後の数分の一以下だった。
[佐々木明]
一般に入浴は、日常の心身の疲労を除き、皮膚を清潔にし、神経を鎮め、清涼感をもたらし、防寒にも役だつほか、筋肉の痛みや凝りを和らげ、運動麻痺(まひ)の機能回復訓練にも利用されるなど、水治療法における温浴に相当する面もある。
入浴に好まれる温度は、欧米人が微温湯(36~38℃)を用いるのに対し、日本人は熱い湯が好きで、平均して42~43℃、とくに熱湯好きという日本人では一般の人では痛く感ずる45℃の湯に入るといわれる。これは住宅事情から主として防寒の目的で利用してきたことにもよるとされ、生活様式が欧米化してきた近年では、ぬるい湯を好む日本人が増えている。入浴して熱くも冷たくも感じない湯の温度を不感温度といい、日本人では36℃前後で、欧米人より1℃くらい高くなっている。この不感温度における入浴で消費されるエネルギーがもっとも少なく、それより高くなっても冷たくなっても消費量は増える。入浴による疲労は、体内で消費される酸素の量で測定されるが、38~39℃で不感温度の約10%、40℃で20~30%、42~43℃で40%も酸素消費量が増え、これを回復するためには健康な人でも1~2時間、虚弱な人では半日もかかるといわれ、やたらに入浴回数を多くするのはよくない。
熱い湯に入ると、まず皮膚の血管が収縮して、血液が湯の高温による急激な影響を受けないように、皮膚表面から遠ざけて深部へ送る現象がみられる。この結果、皮膚に鳥肌がたち、青白くなり、脳や腹部の内臓に血液が集まって充血し、血圧もあがってくる。続いて体を湯に沈めていくと、水圧によって動脈よりも壁が薄い腹部の静脈などは圧迫されてつぶれ、血管内の血液を押し出すために、心臓へ戻ってくる血液量が一時的に多くなり、心臓の負担が大きくなる。こうした生理的反応は熱い湯にいきなり入ったときにみられるもので、ぬるい湯に入っていて徐々に熱くしていった場合にはおこらない。心臓病、高血圧、動脈硬化症などの人が熱い湯にいきなり入るのは、このような理由でよくないわけである。なお、入浴前にかけ湯をして全身に準備反応を与えてから入浴すると、反応の刺激が緩和される。
次に、体が暖まり体温が上昇してくると、その放散作用がおこって皮膚の血管が拡張して充血し、今度は逆に脳や腹部の内臓の血液量が少なくなる。このために虚弱体質の人や低血圧の人などは脳貧血をおこして倒れたりする。湯上がりの立ちくらみを防ぐには、膝(ひざ)から下に水をかける方法もある。また、消化器の血液量が一時的に不足して消化作用が悪くなるので、食後1時間は入浴を避けるようにする。飲酒後の入浴を避けるのも、血管拡張作用が重なって血液が皮膚に集中し、脳や心臓に循環する血液量が不足して脳貧血や循環虚脱をおこすことがあるためで、熱い湯の長時間入浴はもっとも危険ということになる。
熱い湯に短時間入ると、健康な人では入浴による疲労が少なく、心身ともに緊張して活動的になり、入浴後仕事をしようというときなどには効果的で、朝風呂(ぶろ)の入浴法といえる。これに対して、40℃以下の中温浴ないし微温湯にゆっくり入ると、神経が鎮静され、緊張がほぐれてだるく眠くなってくるので、就寝前の入浴に適し、風呂の湯より1~2℃低くした湯をかぶって出ると、湯冷めしない。
なお、沸かしたての湯は比較的熱く、真水の湯に入ると体内から塩類が出ていくので、衰弱した人や老人などには不適である。何人か入浴した湯に入ると、有機物や塩類が湯に溶け込んでいるため湯の刺激が少なく、浴後の暖まりもある。浴剤を用いる方法もある。また、心臓病や高血圧、動脈硬化症のある人は、乳房から上は湯から出したまま入浴し、肩からタオルをかけてその上から湯をかけながら入る。脱衣場と浴室はあらかじめ浴槽の蓋(ふた)を開けるなどによって暖めておき、体に与える温度差に注意するのも必要で、浴後のかぜを防ぐためには肌についた水滴を十分に拭(ふ)き取ることが重要であり、ぬれたタオルを絞って拭いても不十分なので、乾いたバスタオルを用いるのがよい。
[小嶋碩夫]
出典 平凡社「普及版 字通」普及版 字通について 情報
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【温泉の分類】
[泉温]
環境庁鉱泉分析法指針では温泉を温度により表2のように分類している。 人間の体温と同じ泉温で入浴すると緊張がほぐれ,精神が安静化する。上記泉温の分類は入浴温度に注目してなされている。…
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【日本】
入浴方法には,密閉した部屋にこもらせた蒸気で蒸す〈蒸気浴〉と,湯槽(ゆぶね)にみたした温湯に入る〈温湯浴〉がある。現在日本では風呂といえば温湯浴が一般的であり,その湯槽および湯そのもの,または洗い場なども含めた部屋(浴室)ないし建物のことを風呂と呼んでいる。…
※「入浴」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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