江戸後期の戯作者(げさくしゃ)。江戸の生まれ。本名池田八右衛門(はちえもん)、通称八蔵。養家の池田家は300石の旗本だったが、先々代八右衛門が早世したために禄(ろく)を失い、遺女と婿養子吉右衛門との間に生まれた娘の婿になったのが鯉丈だったという。経歴については、大名などの駕籠(かご)の製造、修繕業、竹細工、象牙(ぞうげ)彫りの職人、縫箔(ぬいはく)屋、櫛(くし)屋などの諸説があるが、寄席(よせ)芸人だったことは確かである。落語家滝亭鯉楽(りらく)(のち吉原の幇間(ほうかん))の弟子で、昔咄(むかしばなし)に音曲を入れ、客から題をもらって都々逸(どどいつ)をつくって人気を得たが、のちに芸名をそのままに戯作者になり、滑稽本(こっけいぼん)の分野で名をなした。代表作に『花暦八笑人(はなごよみはっしょうじん)』『滑稽和合人(わごうじん)』がある。
[興津 要]
江戸後期の滑稽本作者。〈たきてい〉ともいう。本名は池田八右衛門。前身については,乗物師,縫箔屋,櫛職人,新内節の寄席芸人など諸説があり,為永春水は〈家兄〉と呼んでいるが,兄弟か否かは不明。《道中膝栗毛》の亜流作品《栗毛後駿足(くりげのしりうま)》を処女作として約12部の滑稽本があるが,代表作は《花暦八笑人(はなごよみはつしようじん)》(1820),《滑稽和合人》(1823)で,末期江戸町人の遊戯生活を如実に描いて,十返舎一九,式亭三馬につぐ滑稽本作者としての位置を確保している。
執筆者:神保 五弥
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(中野三敏)
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…江戸後期の滑稽本作者。〈たきてい〉ともいう。本名は池田八右衛門。前身については,乗物師,縫箔屋,櫛職人,新内節の寄席芸人など諸説があり,為永春水は〈家兄〉と呼んでいるが,兄弟か否かは不明。《道中膝栗毛》の亜流作品《栗毛後駿足(くりげのしりうま)》を処女作として約12部の滑稽本があるが,代表作は《花暦八笑人(はなごよみはつしようじん)》(1820),《滑稽和合人》(1823)で,末期江戸町人の遊戯生活を如実に描いて,十返舎一九,式亭三馬につぐ滑稽本作者としての位置を確保している。…
…以後この種の作品が続いて出るが,封建社会の矛盾を暴露した風来山人作の《風流志道軒伝》(1763)以後は,洒落本や黄表紙に押されていく。だが,91年(寛政3)の洒落本弾圧もあって,滑稽本は文化・文政(1804‐30)のころ全盛期を迎え,《東海道中膝栗毛》の十返舎一九,《浮世風呂》の式亭三馬,《花暦八笑人》の滝亭鯉丈(りゆうていりじよう)らが活躍する。道中記の形式で主人公の滑稽な行動を描く《膝栗毛》,舞台を固定し,雑多な登場人物の行動を克明に描く《浮世風呂》,両者を折衷した形の《八笑人》と,3人の作風はそれぞれ特徴をもつが,後続の作者,《七偏人(しちへんじん)》の梅亭金鵞(ばいていきんが),《西洋道中膝栗毛》(初編1870),《安愚楽鍋(あぐらなべ)》(初編1871)の仮名垣魯文(かながきろぶん)などは3人の亜流で,新しい発展は見られない。…
…〈正夢〉とも書く。新内節の《明烏(あけがらす)》が有名だったので,その後日談として滝亭鯉丈(りゆうていりじよう)と2世南仙笑楚満人(後の為永春水)の合作による,人情本《明烏後正夢》が出版され(1819‐24),ベストセラーになった。その題名をかりて富士松魯中が1857年(安政4)5月に作詞作曲したもの。…
※「滝亭鯉丈」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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