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滝亭鯉丈 りゅうていりじょう

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

滝亭鯉丈
りゅうていりじょう

[生]?
[没]天保12(1841).6.10. 江戸
江戸時代後期の滑稽本作者。通称,池田八右衛門。浅草東本願寺別院前の乗物師,あるいは縫箔屋などの前歴があるとされるが,その後,音曲噺 (ばなし) を得意とする咄家 (はなしか) として人気を得た。そのかたわら戯作に進出,『大山道中栗毛後駿馬 (くりげのしりうま) 』 (1817) で滑稽本に名を成し,『花暦八笑人』を出すに及んで,十返舎一九式亭三馬に次ぐ滑稽本作者としての地位を確立。三馬の『浮世床』第三編,同『人間万事虚誕計 (うそばっかり) 』後編 (33) を書いた。為永春水との共著に成る人情本『明烏後正夢 (あけがらすのちのまさゆめ) 』 (21~24) がある。

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百科事典マイペディアの解説

滝亭鯉丈【たきていりじょう】

滝亭鯉丈(りゅうていりじょう)

滝亭鯉丈【りゅうていりじょう】

江戸後期の滑稽(こっけい)本作者。〈たきてい〉とも。本名池田八右衛門。江戸の人。為永春水の縁者らしく,春水は鯉丈を〈家兄〉と呼んでいる。前歴は細工職人,咄家(はなしか)など諸説があるが,その後戯作に入り,江戸末期の遊民の姿を如実に描いた。
→関連項目梅亭金鵞

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

滝亭鯉丈 りゅうてい-りじょう

?-1841 江戸時代後期の戯作(げさく)者。
前身には乗物師,新内節の寄席芸人などの説がある。滑稽(こっけい)本の作者として活躍。為永春水の兄といわれる。天保(てんぽう)12年6月10日死去。江戸出身。姓は池田。通称は八右衛門。代表作に「花暦八笑人」「和合人」など。

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朝日日本歴史人物事典の解説

滝亭鯉丈

没年:天保12.6.10(1841.7.27)
生年:生年不詳
江戸後期の戯作者。為永春水の兄というが明確ではない。旗本池田氏の入婿となるが,禄を失い,浅草辺りで櫛屋もしくは乗物師あるいは縫箔屋を生業としたと伝えられる。寄席芸人であったことは確実であり,その縁でか,末期の滑稽本作者の代表的存在となる。文政3(1820)~天保5(1834)年刊の『八笑人』や,文政6~天保12年刊の『和合人』を代表作とし,江戸末期の町人世界を写実的にえがいて,茶番や悪ふざけの滑稽を中心に,極めて低俗ではあるが活き活きとした庶民生活を展開し得ている。

(中野三敏)

出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報

世界大百科事典 第2版の解説

りゅうていりじょう【滝亭鯉丈】

?‐1841(天保12)
江戸後期の滑稽本作者。〈たきてい〉ともいう。本名は池田八右衛門。前身については,乗物師,縫箔屋,櫛職人,新内節の寄席芸人など諸説があり,為永春水は〈家兄〉と呼んでいるが,兄弟か否かは不明。《道中膝栗毛》の亜流作品《栗毛後駿足(くりげのしりうま)》を処女作として約12部の滑稽本があるが,代表作は《花暦八笑人(はなごよみはつしようじん)》(1820),《滑稽和合人》(1823)で,末期江戸町人の遊戯生活を如実に描いて,十返舎一九,式亭三馬につぐ滑稽本作者としての位置を確保している。

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大辞林 第三版の解説

りゅうていりじょう【滝亭鯉丈】

?~1841) 江戸後期の戯作者。本名、池田八右衛門。為永春水の兄といわれる。滑稽本「花暦八笑人」「滑稽和合人」などで江戸町人の遊戯生活を如実に描いた。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

滝亭鯉丈
りゅうていりじょう
(?―1841)

江戸後期の戯作者(げさくしゃ)。江戸の生まれ。本名池田八右衛門(はちえもん)、通称八蔵。養家の池田家は300石の旗本だったが、先々代八右衛門が早世したために禄(ろく)を失い、遺女と婿養子吉右衛門との間に生まれた娘の婿になったのが鯉丈だったという。経歴については、大名などの駕籠(かご)の製造、修繕業、竹細工、象牙(ぞうげ)彫りの職人、縫箔(ぬいはく)屋、櫛(くし)屋などの諸説があるが、寄席(よせ)芸人だったことは確かである。落語家滝亭鯉楽(りらく)(のち吉原の幇間(ほうかん))の弟子で、昔咄(むかしばなし)に音曲を入れ、客から題をもらって都々逸(どどいつ)をつくって人気を得たが、のちに芸名をそのままに戯作者になり、滑稽本(こっけいぼん)の分野で名をなした。代表作に『花暦八笑人(はなごよみはっしょうじん)』『滑稽和合人(わごうじん)』がある。[興津 要]

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世界大百科事典内の滝亭鯉丈の言及

【滝亭鯉丈】より

…江戸後期の滑稽本作者。〈たきてい〉ともいう。本名は池田八右衛門。前身については,乗物師,縫箔屋,櫛職人,新内節の寄席芸人など諸説があり,為永春水は〈家兄〉と呼んでいるが,兄弟か否かは不明。《道中膝栗毛》の亜流作品《栗毛後駿足(くりげのしりうま)》を処女作として約12部の滑稽本があるが,代表作は《花暦八笑人(はなごよみはつしようじん)》(1820),《滑稽和合人》(1823)で,末期江戸町人の遊戯生活を如実に描いて,十返舎一九,式亭三馬につぐ滑稽本作者としての位置を確保している。…

【滑稽本】より

…以後この種の作品が続いて出るが,封建社会の矛盾を暴露した風来山人作の《風流志道軒伝》(1763)以後は,洒落本や黄表紙に押されていく。だが,91年(寛政3)の洒落本弾圧もあって,滑稽本は文化・文政(1804‐30)のころ全盛期を迎え,《東海道中膝栗毛》の十返舎一九,《浮世風呂》の式亭三馬,《花暦八笑人》の滝亭鯉丈(りゆうていりじよう)らが活躍する。道中記の形式で主人公の滑稽な行動を描く《膝栗毛》,舞台を固定し,雑多な登場人物の行動を克明に描く《浮世風呂》,両者を折衷した形の《八笑人》と,3人の作風はそれぞれ特徴をもつが,後続の作者,《七偏人(しちへんじん)》の梅亭金鵞(ばいていきんが),《西洋道中膝栗毛》(初編1870),《安愚楽鍋(あぐらなべ)》(初編1871)の仮名垣魯文(かながきろぶん)などは3人の亜流で,新しい発展は見られない。…

【真夢】より

…〈正夢〉とも書く。新内節の《明烏(あけがらす)》が有名だったので,その後日談として滝亭鯉丈(りゆうていりじよう)と2世南仙笑楚満人(後の為永春水)の合作による,人情本《明烏後正夢》が出版され(1819‐24),ベストセラーになった。その題名をかりて富士松魯中が1857年(安政4)5月に作詞作曲したもの。…

※「滝亭鯉丈」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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