普通鋼以外の,鉄を主成分とする合金をすべて特殊鋼という。普通鋼では主成分の鉄の中に少量の炭素C,ケイ素Si,マンガンMn,リンP,硫黄Sの五つの元素が含まれており,それらの成分量が規制されている。このうち鋼の材質を支配しているのは炭素であり,他の四つの元素は鉱石からの製銑製鋼の過程で必然的に混入する不純物である。炭素が主役を演ずるという意味で普通鋼のことを炭素鋼ともいうが,特殊鋼の場合は一般には合金鋼と呼ばれる。鋼材に使用目的に適合した性能を与えるためには,まず成分を調整する必要がある。目的とする性質達成のために積極的に添加する元素は,たとえ少量でも合金元素と呼ばれる。たとえばホウ素Bはごく微量(0.003%以下)添加しただけで鋼の焼入れ性を向上する。一方,材料の製造工程でどうしても混入が避けられないが,目的とする性質にとって害がある元素は不純物と呼ばれ,ある量以下に制限される。特殊鋼(合金鋼)の定義は明確でないが,普通鋼の5元素にかわって表1に示すような各元素を鉄に対して合金元素として含有させた鋼である,といえる。リンと硫黄は通常0.03%以下に規制される。ケイ素については0.6%以上,マンガンについては0.8%以上を意図的に添加した場合は特殊鋼となる。
便宜的な分類として添加してある合金元素の量の和が5%以下の場合を低合金鋼,5%から10%までを中合金鋼,10%以上のものを高合金鋼という。個々の特殊鋼にはさまざまな名称がつけられているので以下に紹介する。(1)主要合金元素による名称 マンガン鋼,クロムCr鋼,ニッケルNi鋼,ケイ素鋼,クロム・モリブデン鋼,クロム・ニッケルCr-Ni鋼,タングステン・クロム・バナジウムW-Cr-V鋼など。(2)使用される際の金属組織に由来する名称 フェライト鋼,オーステナイト鋼,マルテンサイト鋼,二相鋼(高張力鋼ではフェライト+ベイナイトまたはマルテンサイト,ステンレス鋼ではフェライト+オーステナイト)など。(3)用途・特性による分類 (a)一般構造用鋼 低合金高張力鋼,強靱(きようじん)鋼,超強力鋼など,(b)機械構造用鋼 肌焼鋼,快削鋼,ばね鋼,ベアリング鋼,耐摩耗鋼など,(c)工具鋼 低合金工具鋼,高速度鋼,ダイス鋼,鍛造用形鋼,(d)耐食鋼 耐候鋼,耐硫酸鋼,耐水素誘起割れ鋼,ステンレス鋼,超合金耐食鋼など,(e)耐熱鋼Cr-Mo鋼,ステンレス鋼,超合金耐熱鋼など,(f)特殊用途鋼 永久磁石鋼,電磁鋼板,制振鋼板,低温用鋼,非磁性鋼など(表2に用途別の種類をまとめて示す)。(4)有名な通称をもつ鋼 (a)KS鋼 本多光太郎の発明したCo-Cr-Wを成分とする永久磁石鋼で,焼入れをして使う。住友吉左衛門の頭文字にちなんで命名,(b)MK鋼 三島徳七の発明したAl-Ni-Coを成分とする永久磁石鋼で,鋳造法で製造する。アメリカでは成分の名をとってアルニコ磁石と呼ばれる。代表的なAlunico-Vの組成はCo24%,Ni14%,Al8%,Cu3%,Fe51%,(c)ハットフィールド鋼 Mn12%,C1%を含む高Mn鋼であり,鋳造のままでは析出する炭化物のためもろいが,1100℃に加熱したのち水中に焼き入れると全オーステナイト組織となり,靱性をもつ。この材料は冷間加工や表面摺動によって硬さと耐摩耗性が増加するので,破砕機の刃,レールの切替ポイント部など特殊な用途に使われる,(d)マルエージング鋼 180kgf/mm2以上の引張り強さをもつ鋼で,超強力鋼の一種である。代表的な組成はNi18%,Co9%,Mo5%などを含む高Ni鋼である。熱処理で強度を与える調質鋼である。強度が高くても靱性が損なわれないという特徴をもつ,(e)18-8鋼 Cr18%,Ni8%を標準組成とする高Cr-Ni鋼で,オーステナイト鋼のステンレス鋼の代表的なものである。304鋼とも呼ばれる。さらに高級化したステンレス鋼としてCr18%,Ni12%,Mo2%を含む316鋼がある。
特殊鋼製造技術は,一方では普通鋼の大量生産技術の進歩をとり入れ,一方では過酷になるとともに多様化してきた使用条件の要求にこたえながら大きく進歩した。(1)原料 低硫黄,低リン,低炭素の原料供給が容易になり,高純度原料を利用して耐食性,耐疲労性,強靱性が大幅に改良されてきた。(2)成分調整 酸素転炉を使って大量に安価に溶製する技術が進む一方で,真空炉を使って仕上げをすることが可能になり,炭素量の制御,酸化されやすい成分の歩留り向上など成分調整が正確に行えるようになった。(3)鋳造 非金属介在物の形態制御,介在物の少ない清浄鋼技術,成分偏析の防止,粒度の調整などの造塊技術が進歩しており,一方では一方向凝固,単結晶材料などの実用化も行われるようになった。(4)制御加工 加工時に温度,変形量,冷却速度などを制御することで粒度の微細化,集合組織の生成,二相組織の製造などが行えるようになった。(5)熱処理 恒温変態理論が確立し,恒温変態図(TTT図),連続冷却変態図(CCT図)などが多くの成分系について研究され,さまざまな熱処理法の実用化に貢献している。(6)材料設計 数多くの成分配合をもとに,各種の製造技術を組み合わせて要求性能の材料を設計するという思想はかなり以前からあったが,近年ようやくこのような方向での研究を可能にする方法論,基礎データ,コンピューターシステムなどが出そろってきたといえる。でき上がった材料の使用環境での寿命評価を行う技術がまだ十分でなく,全面的な材料設計技術ができ上がるのは将来に託されている。
特殊鋼はさまざまな特徴のある用途に向けて製造され,使用されてきた。いわば機能を重視した材料であるので,非鉄合金材料,ニューセラミックス材料,プラスチック材料などと競合する。しかし一方で,まったく経験のない新しい材料に置き換えるときに生ずる予測されない事故への懸念や製造技術の進歩を背景に,特殊鋼もまたたえず進歩していること,さらにますます過酷になる材料への要求に耐えられるものとしての特殊鋼の特性などの点で,今後も着実に発展する材料分野であるといえる。
→合金設計 →相変態
執筆者:増子 昇
特殊鋼,つまり工具の素材となる工具鋼(炭素工具鋼,高速度鋼など),自動車,プラント,橋梁などに使われる構造用鋼(機械構造用炭素鋼,構造用合金鋼),ばね,軸受,ピアノ線などの素材となる特殊用途鋼を生産する産業。特殊鋼鋼材(熱間圧延鋼材)の生産量は1976年度に1026万tと1000万tの大台に乗り,その後生産を拡大し81年度には1375万tに達した。1996年度の生産は1572万t,おもな用途別受注は自動車向け270万t,産業機械向け136万t,建設向け75万t,次工程向け(ボルト,ナット,ばね,軸受などの製造)350万t,販売業者向け140万t,輸出342万tなどで,合計1372万tとなっている。このような需要構造のため,公共投資,自動車工業の動向によって需給が左右されるという特徴がある。
日本で最初の特殊鋼は1882年に東京築地の海軍兵器局兵器製造所において,るつぼ炉によって製造された。その後90年海軍の横須賀工厰,95年海軍の呉工厰,96年陸軍の大阪砲兵工厰に,特殊鋼製造のための平炉が設置された。以降,特殊鋼は兵器の材料として軍需を中心に生産された。大正に入り1915年に電気製鋼所(現,大同特殊鋼),16年に日本特殊鋼合資会社(現,大同特殊鋼)と民間の専業メーカーが設立された。しかし軍需中心は変わらず,第2次大戦終結前の生産のピークである44年の63万tは戦争継続のための増産によるものである。戦後は自動車工業,石油化学工業の発達に伴い,特殊鋼の生産も増加,59年にはイギリス,フランス,イタリアを,62年には西ドイツを抜いた。しかし普通鋼メーカーの進出などにより供給過剰となり,一方,特殊鋼の不振のため64年日本特殊鋼,65年山陽特殊鋼の会社更生法の申請という事態となった。そこでグループ化,合理化することによって企業の体質改善を図り,さらに76年には大同製鋼,日本特殊鋼,特殊製鋼の3社が合併,大同特殊鋼となり,業界の再編が行われた。
執筆者:木村 栄宏+黒田 満
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
特別に精錬され、合金元素を添加した高級鋼で普通鋼に対する名称。古い技術では溶鉱炉(高炉)から得られる銑鉄(約4.5%の炭素を含む)を転炉または平炉中で含有炭素を酸化除去して得られた軟鋼(約0.2%の炭素を含む)が普通鋼であり、特殊鋼は改めて電気炉などで精錬を入念に行い、特別の目的のために合金元素が添加された。したがって機械構造用炭素鋼や炭素工具鋼のように合金元素をとくに添加しない機械部材あるいは工具用の鋼をも特殊鋼に含めていたが、第二次世界大戦後に製鋼技術が進歩して、特殊鋼という呼び名もほとんど用いられなくなった。以下では合金元素を添加した鋼、すなわち合金鋼について述べる。
鋼は焼き入れると非常に硬化し、焼き戻すと靭性(じんせい)が出る。肉厚のものほど急冷ができなくなるので、徐冷しても焼きが入るように、クロム、マンガン、ケイ素、ニッケル、モリブデン、ホウ素などを添加する。ホウ素は0.002%程度の添加で顕著に焼入れ性を高める。モリブデンは約0.2%、他の合金元素は1%前後添加する。0.2%程度の炭素を含む鋼にこれらの元素を添加した鋼は高張力鋼(ハイテンhigh tensile strength steel)または低合金高張力鋼とよばれ、建造物に用いられる。0.2~0.5%炭素鋼に前記の合金元素を添加したものは機械構造用低合金鋼であるが、この鋼種は溶接が困難であるから、機械加工によって形状を整えてから熱処理されて、歯車や軸など強靭性をなによりも必要とする部材に用いられる。硬さと耐摩性をまず要求される工具鋼には、0.5%以上の炭素を含む鋼に前記の合金元素を添加すると、焼入れ性が増すのみならず、炭化タングステンや炭化モリブデンなど非常に硬い炭化物が形成されて工具としての特性が一段と向上する。また、クロム、モリブデン、タングステン、バナジウムなどを添加した合金鋼は、高温に加熱されても容易に軟化しない。この特性を利用したのが熱間工具鋼や耐熱鋼である。高速度鋼はタングステン約18%(あるいはその一部をモリブデンで置換)、クロム4%、バナジウム1%のほかにコバルトを含む高合金鋼で、高速切削をしても切れ味が落ちないドリル、バイトなどがつくられる。耐食性や耐酸化性を与えるためにはクロムの添加がきわめて有効で、12%以上30%以下のクロムを添加した鋼をステンレス鋼といい、耐食、耐熱合金として用いる。この鉄分をニッケルやコバルトで置換し、高温強さを与えるために多量のモリブデン、タングステン、バナジウム、アルミニウムなどを添加した超耐熱合金を超合金といい、ガスタービンやジェットエンジンの製造に用いる。
通常、鋼は0.03%前後の硫黄(いおう)やリンなどの不純物を含む。これらはいずれも材質をもろくし、高級な合金鋼ほどその悪影響が強く現れるので、合金元素の添加の前にこれら不純物含有量を下げなければならない。とくに液化天然ガス貯蔵タンクのように低温で使用される材料には、リンを下げ、ニッケルを添加した低温用鋼がある。
[須藤 一]
鋼のうちで,普通鋼に対して高級な炭素鋼と合金鋼の総称.普通鋼は高度の品質を要求されない用途に用いるため,鋼材の成分偏析(場所による成分濃度の相違)や非金属介在物,そのほかの欠陥もある程度は許容され,また圧延や鍛錬のままあまり熱処理しないで使われる.これに対し,機械構造用鋼,ばね鋼,軸受鋼,工具鋼,ステンレス鋼,耐熱鋼など,用途面から高度の品質が要求される鋼では,合金元素の種類および添加量を調整するだけではなく,偏析や非金属介在物,気泡,白点,地きずなどの各種欠陥を極力少なくするように十分に管理して製造され,さらに焼入れ焼戻しなどの熱処理をほどこして,鋼の性能をよく発揮させるようにして用いられる.したがって,炭素鋼のなかでも機械構造用,あるいは工具用などの高級なものは特殊鋼に含めるのが普通である.
出典 森北出版「化学辞典(第2版)」化学辞典 第2版について 情報
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(徳田昌則 東北大学名誉教授 / 2007年)
出典 (株)朝日新聞出版発行「知恵蔵」知恵蔵について 情報
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【近代製鋼法への発展】
近代製鋼法への発展の曙光は1740年のるつぼ製鋼法にさかのぼるが,より普遍的技術となったのはH.ベッセマーの酸性転炉法およびW.シーメンズとF.ジーメンス兄弟,P.マルタンなどによる平炉製鋼法の相次ぐ成功により,産業革命期の鉄鋼の飛躍的な増産要請にこたえてからである。その後,トマスによる塩基性製鋼法が創始され,脱リン,脱硫が可能となり,また20世紀初頭,電気エネルギーによる製鋼法がP.L.T.エルーにより開発され,特殊鋼溶製などの分野に独自の地位を築いた。いずれの製鋼法がおもに行われたかは各国の事情と時代によって異なるが,20世紀初頭から約50年間は塩基性平炉法が主流であった。…
…鋼は種々の方法で分類される。炭素鋼と合金鋼,普通鋼と特殊鋼は主として化学成分による分類であるが,製造法,形状の相違による分類などもある(表参照)。化学成分による分類について簡単に説明する。…
※「特殊鋼」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
年齢を問わず、多様なキャリア形成で活躍する働き方。企業には専門人材の育成支援やリスキリング(学び直し)の機会提供、女性活躍推進や従業員と役員の接点拡大などが求められる。人材の確保につながり、従業員を...
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