瀬戸古窯跡群(読み)せとこようせきぐん

日本歴史地名大系 「瀬戸古窯跡群」の解説

瀬戸古窯跡群(瀬戸窯)
せとこようせきぐん

瀬戸古窯跡群は、一二世紀末葉に出現する施釉陶器窯の分布域に限る考え方と、これに猿投さなげ窯瀬戸地区の灰釉陶器窯および猿投窯の外延としての山茶碗窯を含める考え方がある。後者でいう瀬戸窯の分布域は、瀬戸市のほぼ全域と尾張旭市の東端をおおう東西一〇キロ・南北八キロに及び、約五〇〇基の古窯が知られている。操業年代を推定しうるものとして、灰釉陶器窯約一〇基、山茶碗窯約二四〇基、施釉陶器窯約二〇〇基があげられている。この瀬戸窯の発生についても、猿投窯瀬戸地区の灰釉陶器窯が山茶碗窯に転化し、一三世紀に新しい施釉陶器の技術が導入され、猿投窯の後裔としての施釉陶器が復活されたことをもって発生とする説、瀬戸窯の灰釉四耳壺やわずかながら発見例のある瓦の源流を猿投窯東山地区に求め、東山から瀬戸への東漸過程を発生の契機とする説がある。

瀬戸窯は、岐阜県東濃とうのう地方の美濃みの窯とともに中世窯唯一の施釉陶器生産地であるが、その製品は、碗・皿・鉢・水注・水瓶などの飲食器、おろし皿・片口・擂鉢などの調理具、壺・甕という貯蔵容器、瓶子花瓶香炉などの仏具、さらに天目茶碗・茶入などの茶陶と、多岐にわたっている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「瀬戸古窯跡群」の意味・わかりやすい解説

瀬戸古窯跡群
せとこようせきぐん

名古屋市の東方 20km,愛知県瀬戸市街地を取巻く丘陵地帯,東西 11km,南北 10kmの範囲に形成された中世唯一の施釉陶器窯跡群。平安時代末期の白瓷窯に始り,鎌倉室町時代に約 500基の窯が築かれている。その製品は飲食器,調理具,貯蔵容器,宗教用具,文房具をはじめ,豊富な器種を含んでいるが,そのほとんどが中国陶磁の模倣であった。なかでも鎌倉時代には四耳壺,瓶子,花瓶などの宗教用具が,室町時代には天目茶碗,茶入れなどの茶陶の存在が目立っている。

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