人がいずれの国の国籍をも有しないこと。国籍の決定は国際法上原則として国内管轄事項とされ,各国の国籍法の規定が異なる結果,国籍の抵触が発生する。国籍の消極的抵触の場合が無国籍である。たとえば,出生による国籍の取得について,生地主義を採る国の国民の子で血統主義を採る国の領域内で生まれたものは,いずれの国籍も取得せず無国籍者となる。無国籍者は,普通,居住国で外国人として取り扱われるが,不当な待遇を受けても通常の外国人のように本国の外交的保護を求めることはできず,また居住国としても,国外退去を命ずるにも引取りを要求すべき本国がないから取扱いに困窮することがある。そこで,国籍立法の理想として,古くから,人は必ず一個の国籍をもち,かつ一個の国籍のみをもつべきことが要請され(国籍唯一の原則),諸国の立法上,特別の考慮が払われるのが普通である。日本の国籍法が,出生による国籍の取得につき,子は日本で生まれた場合において父母がともに知れないときまたは国籍を有しないときには日本国民とすると定めているのは(国籍法2条3号),無国籍の発生の防止を考慮したものにほかならない。この点に関しては,1995年1月27日第二小法廷判決(アンデレ事件)が注目すべき判例として挙げられる。また,外国の国籍を有する日本国民でなければ日本の国籍を離脱することができないと定め(13条),日本で生まれ,かつ,出生の時から国籍を有しない者でその時から引き続き3年以上日本に住所を有するものについては,その帰化条件を著しく緩和しているのも(8条4号),無国籍の発生の防止を意図したものである。
しかし,無国籍の発生の完全な防止は,結局,条約による取決め以外にこれを達成できる手段はない。かような条約として,1930年の国際法典編纂会議において成立した〈国籍法の抵触についてのある種の問題に関する条約〉および,それに関連した〈無国籍のある場合に関する議定書〉があるが,日本はいずれも署名してはいるが批准していない。また,国際連合の立法事業の成果として,61年の〈無国籍の削減に関する条約〉があるが,日本は署名していない。その他,68年にヨーロッパ理事会の加盟国で締結された〈重国籍の減少及び重国籍者の兵役義務に関する条約〉や73年に国際戸籍委員会の加盟国で締結された〈無国籍の数の減少に関する条約〉がある。なお,属人法について国籍主義を採る国際私法のもとにおいては,無国籍者の本国法として適用すべき法律の決定が問題となる。日本の法例は,当事者の本国法によるべき法律関係の場合,無国籍者についてはその常居所地法によるものとしている(27条2項本文)。
→国籍
執筆者:山田 鐐一
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
いずれの国の国籍も有さないこと。無国籍者は外交保護権を行使してくれる国がなく、居住地で不安定な立場に置かれるおそれがあり、その発生を防止すべきことが広く認識され、いくつかの条約も制定されている。たとえば、「世界人権宣言」第15条1項および「市民的及び政治的権利に関する国際規約」第24条3項で、国籍を保有することが人権の一内容をなすものとされている。また、妻の無国籍防止については、「女子差別撤廃条約」(女性差別撤廃条約)第9条1項、子の無国籍防止については、「児童の権利に関する条約」(子どもの権利条約)第7条にそれぞれ規定されている。
無国籍者が発生する典型的な場合として、(出)生地主義をとる国の国民の子が血統主義をとる国で生まれる場合をあげることができる。通常は、生地主義をとる国でも、自国民の子が外国で生まれた場合にその国籍を子に与えることを例外的に認めているが、そのための要件として、その親が自国の領域内に一定期間以上居住していた経験があることを要求しているような場合には、その要件を欠く親の子が外国で生まれると、その子は無国籍となる。かつて日本でも、アメリカ人父と日本人母の間の子について、そのアメリカ人が軍人であって海外勤務の期間が長く、前記のアメリカ居住期間の要件を欠いていたためにアメリカ国籍は与えられず、また、当時の日本の国籍法が父系優先血統主義をとっていたために、母が日本人であっても日本国籍が与えられないという結果となった事例が生じ、父系優先主義である点で日本国籍法は憲法違反であると主張して、日本国籍確認訴訟が提起されたことがある。しかし、裁判所は父系優先主義には重国籍の発生防止という合理的な目的があり、憲法違反ではない旨の判断を示した。ただし、その後、子に国籍を継がせる権利について男女平等にすることを定める女子差別撤廃条約の批准に伴い、1984年(昭和59)に国籍法が改正され、父母両系血統主義が導入された結果、前記のような場合において子が無国籍となることはなくなった。詳しくは「国籍」の項参照。
なお、国際私法上、本国法を適用すべき場合においてその者が無国籍者であるときには、原則として、その常居所地法によるとされている(法の適用に関する通則法38条2項)。
[道垣内正人 2022年4月19日]
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…特定の国籍をもつ国民に対立する概念は外国人である。外国人とはある国にとり,自国の国籍をもたない者であって,無国籍者をも外国人というのが一般的である。上述の意味における国籍の概念は,封建制度が崩壊し近代国家が成立するにつれてしだいに構成されたもので,18世紀末から19世紀初めにかけてようやく確立したといわれている。…
※「無国籍」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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