物くさ太郎(読み)モノクサタロウ

デジタル大辞泉 「物くさ太郎」の意味・読み・例文・類語

ものくさたろう〔ものくさタラウ〕【物くさ太郎】

室町時代御伽草子。2巻。作者成立年ともに未詳信濃国の物くさ太郎という無類の不精者が、皇族の末で善光寺如来の申し子とわかって出世し、死後はおたが(穂高大明神となる。おたがの本地

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改訂新版 世界大百科事典 「物くさ太郎」の意味・わかりやすい解説

物くさ太郎 (ものくさたろう)

御伽草子。渋川版の一つ。別名《おたかの本地》。〈隣の寝太郎〉など寝太郎型の昔話と同系統の説話であるが,後半部の舞台を農村から都へ移すことによって意外性に満ちた波乱万丈の物語となっている。信濃国筑摩郡あたらしの郷に,物くさ太郎ひじかすという無精者が寝て暮らしていた。人が恵んでくれた餅を取りそこなって人の通りかかるのを3日も待ち,やっと通りかかった地頭に拾ってくれと頼むほどの物ぐさぶりである。これに驚嘆した地頭は,村人に彼を養うように命令するが,京から村に夫役がかかったときに,村人はこの夫役を太郎に押しつける。京に上った太郎はまめまめしく働き,夫役を終え妻探しのために清水寺の前に立ち,そして見初めた貴族の女と恋歌のかけあいをした末に勝って結婚する。貴族の世界に入った太郎は,やがて文徳天皇皇子が善光寺から授かった申し子だったことが判明し,信濃の中将に任じられて帰国する。120歳まで生き,死後はおたかの明神,妻は朝日の権現としてまつられる。

 本地譚の形式をとってはいるものの,物語の随所に笑いを誘うための意図的な仕掛けがほどこされているので,最初から笑話もしくは本地譚のパロディとして製作されたとも考えられる。また怠け者で貧しい男が巧智を用いて長者の婿になるという寝太郎型の昔話では,物語の舞台が農村地方に限定されているため,知恵の優位性を強調する。それに対してこの物語では,農村と都では社会システムとそれを支える価値・倫理観が異なっていることを太郎の行動,すなわち農村における〈ものぐさ〉から都における〈まめ〉への極端な行動の変化を通じて浮き上がらせており,この点にこの物語のユニークさがある。
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朝日日本歴史人物事典 「物くさ太郎」の解説

物くさ太郎

渋川判『御伽草子』のひとつ「物くさ太郎」の主人公。信濃国筑摩郡あたらしの郷に,物くさ太郎ひじかすという無精者が寝て暮らしていた。あまりの物ぐさぶりに驚きあきれた地頭は,村人に彼を養うように命令するが,やがて京の国司から村に夫役がかかったとき,この夫役を物くさ太郎に押しつける。京に上ると人が変わったようにまめまめしく働き,夫役を無事に務め,妻となるべき女性を探し求めて清水寺の門前に立ち,見初めた貴族の姫と恋歌の掛け合いの末に勝って結婚する。貴族になった太郎は,やがて深草帝(仁明天皇)の孫が善光寺に申し子して授かった子であることが判明し,信濃の中将に任じられて帰国する。120歳まで生き,死後はおたかの明神,妻は朝日の権現として祭られる。昔話の「隣の寝太郎」と同系統の説話であるが,怠け者で貧しい男が巧智を用いて長者の婿になるという寝太郎型の昔話では,物語の舞台が農村に限定されているため,知恵の優位を強調することで物語を展開させているのに対して,この物語では後半部の舞台を農村から都へ移すことで意外性に満ちた波瀾万丈の物語になっている。つまり,太郎の行動すなわち農村での「物くさ」から都での「まめ」への極端な行動の変化を通じて,農村と都では社会システムとそれを支える価値・倫理観が異なっていることを語り示しているのである。さらに,この「物くさ」と「まめ」の対立的な行動の背後には,中世人の「のさ」という行動原理が貫いているとの解釈もなされている。中世の農村では,日ごろ養っていた乞食などを実際の犯罪者の身代わりに立てて処理するという習慣があったので,その習慣がこの物語における物くさ太郎の養育と夫役の関係にも反映されているとみることもできる。<参考文献>佐竹昭宏『下剋上の文学』,小松和彦『説話の宇宙』

(小松和彦)

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「物くさ太郎」の意味・わかりやすい解説

物くさ太郎
ものくさたろう

御伽草子(おとぎぞうし)。作者未詳。室町時代末期の作か。信濃(しなの)国の物くさ太郎というたいへんな怠け者が夫役(ぶやく)のために都へ上ったが、妻をめとって国へ帰ろうと辻取(つじとり)を思い立つ。清水(きよみず)の大門に立って往来の女を物色するうち、絶世の美女をみつけて言い寄った。逃げ回るのを追って、女の奉公する豊前守(ぶぜんのかみ)の邸(やしき)へまで押しかけ、ついに思いを遂げた。女も、太郎が姿に似ず和歌の道をも解するのに心を許し、二人はともに信濃へ下って富貴に栄え、のちには神と祀(まつ)られた。太郎は実は仁明(にんみょう)天皇の末孫であったという。民間説話を種にした作品らしいが、全編に明るい笑いが漂っていて、中世末期の実力主義の世相を反映した佳作である。

[松本隆信]

『市古貞次校注『日本古典文学大系38 御伽草子』(1958・岩波書店)』『信多純一著『松蔭国文資料叢刊4 古本物くさ太郎』(1976・同書刊行会)』


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百科事典マイペディア 「物くさ太郎」の意味・わかりやすい解説

物くさ太郎【ものくさたろう】

御伽(おとぎ)草子,渋川版23編の一つ。2巻。別名《おたかの本地》。室町時代に成立。信濃国に住む物くさ太郎という怠け者が都へ上り,貴族の娘の美女を妻としたうえ,皇子の子であることがわかって甲斐・信濃両国を賜り,最後に〈おたかの大明神〉となるという話。当時の民間伝承に取材し,本地物と立身出世談の性格をあわせもつ作品。
→関連項目申し子

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山川 日本史小辞典 改訂新版 「物くさ太郎」の解説

物くさ太郎
ものくさたろう

室町物語の庶民物。作者不詳。室町時代に成立。「御伽草子」の1編。信濃国筑摩郡あたらしの郷のなまけ者物くさ太郎は,女房欲しさに夫役(ぶやく)をひきうけ京に上る。清水寺の門前で美しい女房に出会った太郎は,謎歌を解き,当意即妙な歌で女房の心をつかむ。太郎は高貴の出であることがわかり,国司となり女房とともに帰国,のち2人は神として現れる。「一寸法師」などと同様,実力本位の時代相がうかがわれる。「日本古典文学大系」「日本古典文学全集」所収。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「物くさ太郎」の意味・わかりやすい解説

物くさ太郎
ものくさたろう

室町時代の御伽草子。作者,成立年未詳。信州に住む無精者の物くさ太郎が夫役をつとめるため上京,歌を仲立ちに内裏に仕える美女をつかまえ結婚。やがて歌才を認められ,宮中に召された彼は,系図を調べると信州に流された皇子の子だとわかり,甲斐,信濃両国を賜わって,中将となり帰国。死後はおたが (穂高か) 大明神となる。「隣の寝太郎」型の民間伝承に取材した作。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「物くさ太郎」の解説

物くさ太郎 ものくさ-たろう

御伽(おとぎ)草子の登場人物。
信濃(しなの)(長野県)筑摩郡あたらしの郷のなまけ者。夫役(ぶやく)で都にゆくと一転してまめにはたらき,美女を妻とすることに成功。実は仁明(にんみょう)天皇の子孫という身分も判明し,甲斐(かい),信濃の2国をあたえられる。120歳まで生き,没後はおたがの明神としてまつられた。

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旺文社日本史事典 三訂版 「物くさ太郎」の解説

物くさ太郎
ものくさたろう

室町時代の御伽 (おとぎ) 草子
成立年・作者不詳。2巻。信濃の物くさ太郎という怠け者が,和歌・連歌によって立身出世する物語。中世の庶民の積極的なユーモアをうかがわせる物語である。

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