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物集高見 もずめ たかみ

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美術人名辞典の解説

物集高見

国学者・杵築藩士。通称卯兵衛・丈右衛門、名は正策・正孝・真風、号は葎生・葎屋。東大教授物集高見の父。豊後速見郡生。元田百平に漢学を学び、のち定村直孝・平田鉄胤について神典・歌学を学ぶ。神祇官宣教師・若宮八幡神社社司等を務める。著書に『岩崎八幡宮由来記』『葎屋文章』等がある。明治16年(1883)歿、67才。

物集高見

国文学者・文学博士。大分県生。高世の長男。号に鶯谷・菫園・埋書居士等。平田鉄胤・東条琴台近藤真琴らに国学・漢学・洋学を学ぶ。東大教授・文部省記録課長等を歴任。『日本大辞林』『広文庫』等を編纂し、国文学の発達に尽力する。昭和3年(1928)歿、82才。

出典|(株)思文閣
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デジタル大辞泉の解説

もずめ‐たかみ〔もづめ‐〕【物集高見】

[1847~1928]国文学者・国語学者。豊後(ぶんご)の生まれ。東大教授。「広文庫」「群書索引」を編集し、国文学の発達に功績を残した。

出典|小学館
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百科事典マイペディアの解説

物集高見【もずめたかみ】

国語学者。豊後国生れ。国学者物集高世の長男。平田銕胤(かねたね)に国学を学ぶ。帝国大学文科大学,学習院,国学院の教授を歴任。国学と近代国語学の架け橋の役割を果たす。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

物集高見 もずめ-たかみ

1847-1928 明治-大正時代の国学者。
弘化(こうか)4年5月28日生まれ。物集高世の長男。玉松操(みさお),平田銕胤(かねたね)にまなぶ。教部省などにつとめ,明治19年帝国大学教授。国語辞典ことばのはやし」「日本大辞林」を刊行。晩年「広文庫」「群書索引」を独力で編集した。昭和3年6月23日死去。82歳。豊後(ぶんご)(大分県)出身。

出典|講談社
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世界大百科事典 第2版の解説

もずめたかみ【物集高見】

1847‐1928(弘化4‐昭和3)
国語学者,国文学者。豊後国(大分県)杵築(きつき)出身。国学者物集高世の長男。玉松操,平田銕胤(かねたね)に国学を学び,洋学,英語も修めた。明治維新後神祇官史生となるが,のち東京帝国大学文科大学,学習院などの教授を歴任。《言文一致》(1886),国語辞書《日本大辞林》(1894)をはじめ多くの編著書があるが,《広文庫》(20巻,1916)は30余年を費やし家産を傾けて完成したもの。五十音順の類書形式の百科辞書というべく,《群書索引》(3冊)とともに復刻版も出された。

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大辞林 第三版の解説

もずめたかみ【物集高見】

1847~1928) 国学者。豊後の人。平田銕胤に国学を学ぶ。東京帝大文科大学教授。編著「群書索引」「広文庫」など。

出典|三省堂
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

物集高見
もずめたかみ

[生]弘化4(1847).5.28. 豊後,杵築
[没]1928.6.23. 大分
国学者。幼名は素太郎,のち善五郎。号は鶯谷。国学者物集高世の長男。玉松操,平田銕胤に国学を,東条琴台に漢学を,近藤真琴に洋学を学び,明治3 (1870) 年宣教使として出仕し,1886年東京大学教授となり,『群書索引』 (1916) ,『広文庫』 (16) ,の編纂に従事。

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出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

物集高見
もずめたかみ
(1847―1928)

国文学者、国語学者。弘化(こうか)4年5月28日国学者高世(たかよ)の長子として豊後(ぶんご)国(大分県)杵築(きつき)に生まれた。家学を受けたのち、長崎で蘭学(らんがく)を修め、幕末には京都で勤皇家玉松操(みさお)に国学を学んだ。維新後は、神祇(じんぎ)官、文部省などに勤務し、帝国大学文科大学、学習院、国学院教授を歴任した。業績には、国体について説いたもののほか、言文一致の必要を唱えた『言文一致』(1886)、新しい形式の国語辞典『ことばのはやし』(1888)(のち『日本大辞林』)などがある。また1899年(明治32)には東京帝国大学教授を辞職し、『群書索引』(1916)、『広文庫』(1916~18)を家財をなげうって独力で完成させた。昭和3年6月23日没。[古田東朔]
『物集高量編『物集高見全集』全5巻(1934~35・同編纂会) ▽物集高見・高量編『群書索引』全3巻(1978・名著普及会)』

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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世界大百科事典内の物集高見の言及

【言文一致】より

…これを口談のがわへ一致させようという考えは,維新直前,前島密の《漢字御廃止之儀》の建白に始まり,西周(あまね),和田文その他諸家の論が起こって,1880年(明治13)ころには学者の二,三の試みも現れた。これを〈言文一致〉という名称で論じたのは,1886年物集高見(もずめたかみ)の著《言文一致》である。当時すでに,かなや,ローマ字の国字主張が盛んで,一方に三遊亭円朝の講談速記がもてはやされており,文章の方面でも同年に矢野文雄の《日本文体文字新論》,末松謙澄の《日本文章論》が出,文芸の上でも坪内逍遥の《小説神髄》など新思潮の動きが活発で,これらの情勢がようやくいわゆる言文一致体の小説を生んだ。…

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