コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

教部省 キョウブショウ

5件 の用語解説(教部省の意味・用語解説を検索)

デジタル大辞泉の解説

きょうぶ‐しょう〔ケウブシヤウ〕【教部省】

明治5年(1872)、神祇省に代わって置かれた宗教関係を所管する官庁。社寺の廃立、神官・僧侶の任命などを扱った。同10年に廃止、その事務は内務省に引きつがれた。

出典|小学館 この辞書の凡例を見る
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:曽根脩
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

百科事典マイペディアの解説

教部省【きょうぶしょう】

明治初期宗教政策を管掌した政府機関。神祇(じんぎ)省(1871年設立)の廃止に伴い1872年設置。祭典は式部寮,宣教は教部省で行った。教導職を置き教化を担当させるとともに,社寺の廃立,神官・僧侶の任命昇級など一切の事務をつかさどった。
→関連項目島地黙雷大教院

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. ご提供する『百科事典マイペディア』は2010年5月に編集・制作したものです

世界大百科事典 第2版の解説

きょうぶしょう【教部省】

維新政府の国民教化・社寺行政機関王政復古後,祭政一致の理念にもとづき神祇官が復活し,そのもとに宣教使をおいて,国民教化にのりだしたが,見るべき成果をあげることができなかったため,江藤新平福羽美静らは教化政策の修正を意図した。他方,廃仏毀釈の打撃を受けた仏教側は,維新後の新しい宗教状況に対応するために,仏教を所管する中央官庁の設置を政府に要望した。これらの事情から廃藩置県直後の1872年(明治5)3月教部省が設置された。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

大辞林 第三版の解説

きょうぶしょう【教部省】

1872年(明治5)国民教化を目的に設置された官庁。神道・仏教の教義・教派、社寺の廃立、神官・僧侶の任命・昇叙などをつかさどった。77年に廃止され、内務省に移管された。

出典|三省堂
(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

教部省
きょうぶしょう

明治初年の教化・宗教行政機関。明治政府は維新以来の直接的神道国教化政策手直しするために、1872年(明治5)3月14日神祇(じんぎ)省および大蔵省戸籍寮社寺課を廃し「教義ニ関係スル一切ノ事務ヲ統理スル」機関として教部省を設置した。初代の卿(きょう)は嵯峨実愛(さがさねなる)、大輔(たいふ)は福羽美静(ふくばびせい)。政府はこの省の下で「三条の教則」を定め、神官のみならず僧侶(そうりょ)などを教導職に任命、また神仏合同の教院を設けて、天皇思想を国民に広める一大教化運動(大教宣布運動)を展開した。しかしながらこの運動は、欧米諸国の批判や国内における啓蒙(けいもう)思想家、仏教徒やキリスト教徒による信仰自由論によりまもなく挫折(ざせつ)し、教部省も77年1月に廃止され、宗教行政は内務省社寺局で扱われるようになった。[中島三千男]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

教部省の関連キーワード官治行政神祇院総裁行政府入省無政府状態地方行政機関電子行政指定地方行政機関行政機構

今日のキーワード

トランスアジア航空

台湾・台北市に本拠を置く航空会社。中国語名は復興航空。1951年、台湾初の民間航空会社として設立。83年に台湾の国産実業グループに経営移管され、組織改編を実施した。92年に国際チャーター便の運航を始め...

続きを読む

コトバンク for iPhone