犯罪による被害者(ないしは遺族)に対して、その被害を国家が補償し、その精神的経済的打撃の緩和を図ろうとする制度。従来、被害者は犯罪者に比較して国家の関心が低く無視された状態が続いたが、第二次世界大戦後、被害者への関心が強まり、その保護が検討されてきた。1957年には、イギリスの慈善博愛家マージャリー・フライMargery Fry(1874―1958)が「被害者のための正義」と題して新聞に投稿し、大きな反響をよんだ。彼女は、国家が国民に武器の使用を禁じる以上、国民の安全を保障する義務があること、補償制度によって国民の報復感情が緩和されること、これらによって犯罪者の処遇を推進しうることなどを主張した。このような主張を国家の法制度に初めて採用したのが、1963年のニュージーランドであり、国家による犯罪被害者への財政支援制度が法制化され、その後、イギリス、アメリカ各州、オーストラリア、カナダ、スウェーデン、オーストリア、フィンランド、ドイツ、オランダ、フランス、日本などで相次いで導入され、全世界にこの種の制度が広がった。ただし、その補償の態様は、損害賠償型、労災補償型、生活保護型、恩恵見舞金型など各国の事情によって異なる。
日本では、1974年(昭和49)の三菱重工本社ビル爆破(過激派による無差別爆破)事件をはじめとする相次ぐ爆弾事件や通り魔事件などを契機に市民や研究者、ジャーナリストが関与した被害者救済運動が展開され、国家の補償を求める動きが活発になって、犯罪被害者補償制度が導入された。すなわち、殺人等の故意の犯罪行為により不慮の死を遂げた被害者の遺族、または重障害という重大な被害を受けた被害者に対して、社会の連帯共助の精神に基づき、国が給付金を支給し、その精神的・経済的打撃の緩和を図ることを目的とし、これを実現するため、「犯罪被害者等給付金支給法」(昭和55年法律第36号)が1980年に制定公布され、翌年施行されたのである。ただし、制度発足当初、予算額の制約もあり広報活動も活発ではなく、この制度の認知度は国民の間にかならずしも高くなかった。また、この法律では、「人の生命又は身体を害する」故意の犯罪行為、つまり殺人、傷害、傷害致死、強盗致死、強姦致死、放火などにより、「不慮の死を遂げた者の遺族又は重障害を受けた者」を対象としていたため、財産犯や過失犯には支給されないし、重傷病者にも支給されなかった。さらに、給付金の性格は、警察行政に任された恩恵見舞金的なものとされ、死亡した者の遺族には遺族給付金、障害を負った被害者には障害給付金が支払われた。
1990年代になると、1995年(平成7)の地下鉄サリン事件やその他の無差別殺傷事件などの発生により、国民的理解も進み、また精神的被害に対する補償も検討されるようになった。そこで、2001年(平成13)に犯罪被害者等給付金支給法が改正されて、名称も「犯罪被害者等給付金の支給等に関する法律」に改められ、精神的障害、なかでもPTSD(心的外傷後ストレス障害)の被害者にも支給が拡大された。他方で遺族給付金、障害給付金の最高額が引き上げられ、さらには重傷病給付金(入院14日以上、加療1か月以上の被害者に対する3か月間の保険診療相当分)も創設された。その後、2004年に「犯罪被害者等基本法」(平成16年法律第161号)が成立し、これに基づいて翌年犯罪被害者等基本計画が閣議決定され、このなかに「犯罪被害給付制度における重傷病給付金の支給範囲等の拡大」が盛り込まれたことを受けて、重傷病給付金について、支給要件の緩和(加療1か月以上かつ入院3日以上)、支給対象期間の延長等を行う政令改正がなされるとともに、親族の間で行われた犯罪について支給制限の緩和を行う規則改正が行われ、2006年4月1日から実施された。さらには、同基本計画に基づく「経済的支援に関する検討会」の「最終取りまとめ」等を踏まえ、法律の題名を「犯罪被害者等給付金の支給等による犯罪被害者等の支援に関する法律」(犯罪被害者等給付金支給法)に改めるとともに、目的の改正、休業損害を考慮した重傷病給付金等の額の加算、やむをえない理由のため期間内に申請できなかった場合の特例等の規定を整備する法改正がなされ、これとあわせて、重度後遺障害者に対する障害給付金の額の引上げ、生計維持関係のある遺族に対する遺族給付金の額の引上げ等を図る政令改正がなされて、2008年7月1日から実施されている。
しかしながら、このような改正にもかかわらず、海外の事件で被害にあった場合、親族間の犯罪で被害にあった一定の場合などは適用外とされるなどの問題が残っていた。前者については、海外でテロ等の事件に巻き込まれる人々が相次いだため、2016年11月に「国外犯罪被害弔慰金等の支給に関する法律」(平成28年法律第73号)が施行された。これは犯罪被害者等給付金支給法とは別の法律で、国外で犯罪被害にあった日本国民の遺族には弔意金、重度の障害が残った日本国民には見舞金などが支給されることとなったが、支給金額や適用範囲は国内事件に比較すると狭い範囲にとどまっている。後者についても、実際、殺人事件における親族間の割合が半数を超える現状があり、被害が深刻である点が考慮され、警察庁は2018年度より支給の規則や基準を変更することを決定した。たとえばDV(ドメスティック・バイオレンス:配偶者暴力)や児童虐待について「親族関係が事実上破綻(はたん)していること」を条件に一定額支給することになっている。また、被害者が18歳未満については無理心中などで生き残った児童などを対象に支給を可能とした。そのほか、8歳未満の被害児童に対して給付期間を延長するなどの措置をとることになっている。このような動きは加害者・被害者関係を問わないとする諸外国の制度に追随する動きであり、被害給付金が親族の加害者に渡ることの懸念や「親族は互いに助け合うもの」という発想を後退させたものといえる。
2017年の時点で、犯罪被害者等給付金支給法によって支給対象となるのは、「日本国内又は日本国外にある日本船舶若(も)しくは日本航空機内において行われた人の生命又は身体を害する」故意の犯罪行為による「死亡、重傷病又は障害」であり、緊急避難による行為、心神喪失者または刑事未成年者の行為など、刑法上加害者が罰せられない場合も対象に含まれる。給付額は、重傷病の場合、最大で120万円、障害が残った場合、最高で3974万4000円、被害者が死亡した場合、遺族へ給付として、配偶者、被害者の生計で維持されたその他の家族、あるいはそれ以外の家族の優先順位で最高で2964万5000円が支給される。2016年度の受給者は390人、支給総額は約8億8200円であった。
なお、2006年「犯罪被害財産等による被害回復給付金の支給に関する法律」(平成18年法律第87号)の成立および組織的犯罪処罰・犯罪収益規制法の改正により、振り込め詐欺の被害者のように一定の財産を奪われた場合に、その被害を回復する犯罪被害回復給付金制度も発足した。これは厳密な意味では国家補償ではなく、犯人等から没収した犯罪被害財産を金銭化し給付資金として、このなかから被害者・その相続人に被害額に応じて案分した額が支給される仕組みである。この制度では、犯人が未検挙であったり、被害財産を没収できない場合には被害回復が行われないという限界が存する。また、2007年には振り込め詐欺に特化した「犯罪利用預金口座等に係る資金による被害回復分配金の支払等に関する法律(振り込め詐欺救済法)」(平成19年法律第133号)が成立し、振り込まれた金融機関の犯罪利用口座に被害金が滞留している場合に、一定期間、被害金額の一部または全部を被害者等に支払う制度も発足した。この場合も金融機関が口座を凍結する前に犯人がすでに引き出している場合、犯人に現金を手渡した場合には効力がなく、このような場合は先述の犯罪被害回復給付金制度に基づき、裁判所の判決により犯人に対する没収・追徴によって被害回復を図る方法に依存するしかない。しかし、これらの救済制度があるにもかかわらず、現実には被害回復はかなり困難である。
さらに、2000年成立の「犯罪被害者等の権利利益の保護を図るための刑事手続に付随する措置に関する法律(犯罪被害者保護法)」(平成12年法律第75号)では、特例として、殺人、傷害等の一定の刑事事件が地方裁判所に係属している場合に、その刑事事件を担当している裁判所が、引き続き犯罪被害者等による損害賠償請求という民事上の請求についても、刑事損害賠償命令事件として審理を可能とする制度も開始された。従来、被害者は刑事裁判終了後、別に民事裁判所に損害賠償請求事件を提起し、改めて証拠の提出などを行うなどの手続きが必要であったが、この新しい制度によって、刑事裁判で有罪判決が下された直後に同じ裁判所が職権で刑事裁判記録を取り調べ、その証拠が損害賠償請求にも活用でき、しかも4回以内で審理が終了するなど、被害者の訴訟上の負担を大きく軽減している。
このように、全体的には日本でも犯罪被害者に対する財政的支援の制度は総じて充実する方向にある。本来、犯罪被害者は犯罪によって損害を受けた場合、加害者に対して民事上の不法行為として損害賠償を請求しうるが、実際には加害者は無資力で賠償金を受け取ることがほとんどなく、泣き寝入りを強いられる状況がみられた。他方、歴史的にみて、19世紀以降、犯罪者に対して刑事司法機関による各種の処遇や人権保護の諸策が進展し、国家の手厚い保護が与えられてきたのに対して、被害者は悲惨な状況にあるという認識が進み、この不均衡を是正する方策を望む機運が高まったことが犯罪被害者補償制度を生み出した背景にある。世界的に、1990年代ごろから、犯罪被害者への財政的支援に加え、精神的支援を重視する傾向にあり、種々のケアやカウンセリングのほか、被害者の権利自体を拡大し、裁判の法廷などで意見を陳述する権利などが保障されるに至っており、日本でも同様の措置がとられている。
[守山 正 2018年5月21日]
『宮澤浩一・國松孝次監修『講座 被害者支援』1~5(2000~2001・東京法令出版)』▽『警察庁編『犯罪被害者白書』各年版(警察庁HP)』
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