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王導 おうどうWang Dao; Wang Tao

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

王導
おうどう
Wang Dao; Wang Tao

[生]泰始3(267)
[没]咸和5(330)
中国,東晋 (→) の宰相琅邪 (ろうや。山東省) の人。字は茂弘。王敦の従兄弟。琅邪王睿 (→司馬睿 ) を助けて早くから江南の経営に努力した。のち琅邪王が東晋朝を建てた際,その第1の功臣となった。彼のこの功績によって,東晋南朝における琅邪王氏隆盛の基礎が築かれた。江南には呉以来豪族が勢力をふるっていたが,その対策にも一応成功。元帝の死後,東晋朝には次々と危機が訪れたが,他の重臣とともにどうにかそれを切抜けた。

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デジタル大辞泉の解説

おう‐どう〔ワウダウ〕【王導】

[267~330]中国、東晋政治家。琅邪(ろうや)(山東省)の人。字(あざな)は茂弘。元帝を助け、南下後の晋朝復興に尽力明帝・成帝の宰相を務め、東晋の基礎を築いた。

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世界大百科事典 第2版の解説

おうどう【王導 Wáng Dǎo】

276‐339
中国,東の宰相。字は茂弘。琅邪(ろうや)の名門。西晋末,異民族の蜂起と侵入による危機の中で,琅邪王であった司馬睿(しばえい)(元帝)を補佐して建康(南京)に入り,江南豪族の協力をひきだすとともに,華北から続々と亡命してくる人士を結集して,東晋王朝の基礎を固めた。その後も王敦や蘇峻(そしゆん)の乱をはじめ,内外の難局を冷静に処理し,元・明・成の3帝の宰相として中国文明を維持し発展させるのに成功した。

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大辞林 第三版の解説

おうどう【王導】

267?~330?) 中国、東晋とうしんの宰相。字あざなは茂弘。元帝を助けて東晋の建国に尽くした。

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世界大百科事典内の王導の言及

【晋】より

…江南の名族たちにしても,北来貴族の文化的先進性に脱帽せざるをえなかったのである。このような体制を作りあげるにあたって巧みな政治力を発揮したのは,東晋初代の天子元帝の片腕となった宰相の王導であり,司馬氏と王氏との協同になる政権,というよりもむしろ王氏指導型の政権を,当時の人々は〈王と馬と天下を共にす〉と評した。王敦の乱(322‐324),蘇峻の乱(327‐329)など,再興直後の危機を乗り切った王朝は順調な発展をとげ,江南の開発もめざましい勢いで進められた。…

※「王導」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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