古代から用いられた日本の甘味料。中世後期に砂糖の輸入がはじまり,近世になってその国内生産が増大するとともに,位置をゆずって消滅した。アマズラと呼ぶ植物からとった汁を煮つめたもので,甘葛煎(あまずらせん),味煎(みせん)とも呼ばれた。原料植物のアマズラについては諸説があり,ツタの1種とかアマチャとかいわれるが,ツタが正しいようである。《延喜式》には伊賀,遠江以下20ヵ国と大宰府から毎年貢納されたことが見え,宮中の大饗(たいきよう)などではこれでヤマノイモを煮た芋粥がしばしば供されている。また,清少納言は,金属製の新しい椀に削った氷を入れ甘葛をかけたものを,〈あてなるもの〉の一つに数えている。
執筆者:鈴木 晋一
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 日外アソシエーツ「動植物名よみかた辞典 普及版」動植物名よみかた辞典 普及版について 情報
…酵素作用で分解され甘くなり,乾燥葉は甘茶の原料とされ,また甘味,矯味薬として,家庭薬原料,口腔清涼剤として用いられる。【新田 あや】 甘茶は甘葛(あまずら)との区別が古来明確でなかったから,文献には見られぬが,砂糖が普及するまでは甘味料として飲食に供されていたと思われる。4月8日の灌仏会(かんぶつえ)には各所の寺院で花御堂を作り,誕生仏に甘茶をそそぐ。…
…毒物と称して主人が壺に秘蔵していた〈黒うどんみりとして,うまさうなもの〉を砂糖だと知って,太郎冠者と次郎冠者が食べてしまう狂言《附子(ぶす)》のこっけいには,当時の日本人と砂糖との関係がみごとに描き出されている。そして,平安期以降日本の甘味料の代表として賞味された甘葛(あまずら)はいつのまにか,歴史の舞台からおりていたようである。甘味料【鈴木 晋一】
[江戸時代の砂糖製造]
近世初期の日本の砂糖は,中国・オランダ船が舶載するいわゆる唐砂糖のみで,幕府は初め350万斤に制限していたが,1715年(正徳5)には430万斤に改定された。…
※「甘葛」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
〘 名詞 〙 春の季節がもうすぐそこまで来ていること。《 季語・冬 》 〔俳諧・俳諧四季部類(1780)〕[初出の実例]「盆栽の橙黄なり春隣〈守水老〉」(出典:春夏秋冬‐冬(1903)〈河東碧梧桐・高...
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