生涯学習社会(読み)しょうがいがくしゅうしゃかい

大学事典 「生涯学習社会」の解説

生涯学習社会
しょうがいがくしゅうしゃかい

教育政策動向

2006年に改正された教育基本法3条には「生涯学習理念」が掲げられている。同条に基づくと,生涯学習社会の「実現が図られなければならない」のであり,生涯学習社会とは「国民一人一人が,自己の人格を磨き,豊かな人生を送ることができるよう,その生涯にわたって,あらゆる機会に,あらゆる場所において学習することができ,その成果を適切に生かすことのできる社会」と規定された。2013年6月に閣議決定した「第二期教育振興基本計画(対象期間2013~17年度)にも,「一人一人が生涯にわたって能動的に学び続け,必要とする様々な力を養い,その成果を社会に生かしていくことが可能な生涯学習社会を目指していく必要がある。これこそが,我が国が直面する危機を回避させるものである」と記されている。つまり日本の教育政策は,いまや生涯学習の観点で展開され,生涯学習社会が志向されているのである。

 では,生涯学習社会という概念は,とくに大学との関係で,日本の教育政策にいかに位置づけられてきたのか。1984年に設置された臨時教育審議会(1985~87年の3年間に4次にわたる答申が出された)では,人生の初期に獲得した学歴により評価される学歴社会を問い直し,生涯を通じての学習機会が用意された社会や,働きながら学ぶことのできる社会を築く重要性が説かれた。1991年の中央教育審議会答申「新しい時代に対応する教育の諸制度の改革について(中教審答申)」では,「学校教育の抱える諸問題の解決を図るためにも生涯学習社会の実現」が必要であると説かれ,大学・短期大学等が「生涯学習機関としての役割を拡充する」方策がまとめられた。1992年の生涯学習審議会答申「今後の社会の動向に対応した生涯学習の振興方策について(生涯学習審議会答申)」には,「社会人のリカレント教育の実施など,生涯学習の機会を提供することは,大学等の重要な機能の一つであり,今後一層,生涯学習への積極的な取組が期待」されるとあり,2000年の大学審議会答申「グローバル化時代に求められる高等教育在り方について(大学審議会答申)」では,「大学における教育研究活動の成果を広く社会に開放し,生涯学習の振興に資することは,高等教育と社会との往復型の生涯学習を推進する上で重要なこと」と説かれた。そして2012年以降の大学には,社会人の生涯学習機関としてのみならず,地域・社会における「地(知)拠点(center of community)」となり,教育・研究・地域貢献を推進することで,「地域再生・活性化の核となる大学」となることも求められている。

[知識基盤社会におけるイノベーション

生涯学習社会とは,学歴に関する捉え方を問い直し,主体的に学んだことを尊び,それを正当に評価する社会であるが,多様な学習機会がある中で,大学が生涯学習機関として教育政策に位置づけられるようになったのはなぜか。それは少子高齢化,地域コミュニティの衰退,グローバル社会での競争激化などの現代的課題が山積しているとともに,今日が知識基盤社会だからである。知識基盤社会とは,社会活動の基盤として,知識の重要性が飛躍的に増してきた社会である。日本の国際競争力を高めるとともに持続可能な社会を目指すためには,知識に基づく多様なイノベーションが不可欠であり,そのための専門的な知識や技術を大学等で刷新し続けなければ,個人としても組織や社会としても持続不可能になってきているのである。

 しかしながら,個人の生涯学習に関する考え方,社会人を受け入れる教育のあり方,そして社会人が学び直しやすい職場や社会の改革が図られなければ,社会人が大学・大学院等で学び直すリカレント教育の普及は容易なことではない。生涯学習とは,基本的には個人の主体性に基づく学びだからである。また,大学教育が社会人の学修ニーズや経験を生かす教育,国際競争力に耐え得る研究になっているかという「教育・研究内容の充実」とともに,社会人が就学しやすい入試・学費・時間等の「学修環境の整備」,そして学んだことを組織や社会のために生かせる「学修成果の評価」が社会的に定着しなければ,リカレント教育は根付かない。

 つまり,大学・大学院が社会人の生涯学習機関として位置づけられるためには,人々の考え方,教育制度,社会制度などの改革も不可欠であり,生涯学習社会を志向するということは,さまざまなイノベーションを促すということである。一方で,今日の生涯学習や大学教育をめぐる議論が,学業を修了した社会人の段階で起こることに注目する傾向が強いことへの懸念もある。OECD等が指摘するように,生涯学習を強い経済社会をつくる手段としてのみならず,地域社会や参加型民主主義の形成,また充実した人生を生み出すものとして捉え直し,学校教育段階で生涯学習の基盤を形成する意義や知を生成するプロセスにも注目していく必要があろう。
著者: 中村香

参考文献: OECD教育研究革新センター編著,立田慶裕・平沢安政監訳『学習の本質』明石書店,2013.

出典 平凡社「大学事典」大学事典について 情報

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