生物がもつ有用な特性を人工的に操作して利用したり、生体の優れた機能をまねて類似の動作を示す機器を開発する科学技術をいう。
生物工学の定義と対象は時代とともに変化が大きく流動的であって、現在では生命科学(ライフ・サイエンス)の広い分野を学際的に研究する基礎的学問と、新しい技術の開発を目的とする応用面とをともに含んでいる。
1960年代までは、生物工学は主として微生物工学を意味していた。つまり、細菌による発酵を利用して医薬品、食品、調味料、アルコール飲料などを開発する分野である。これとは別にサイバネティックス思考やコンピュータ技術の発達とともに、1960年代以降はロボットやロケットの制御技術を支える人工知能の研究や、ヒトの動作に適合した人間―機械系を対象とする人間工学の分野が合流してくる。とくに、それまでの機械に欠けていたパターン認識、論理判断、フィードバックによる修正と修復の機能などを備えた新しい装置を開発するのに、動物の神経系や運動の仕組みを積極的に参考にしようとする科学技術が台頭してきた。この分野をバイオニクスbionicsとよぶ。たとえば、餌(えさ)の昆虫を追うカエルの目の動きと、餌をとらえる舌の運動との協調性のある動作の仕組みを、生理学的に解明することによって、高次の情報処理機能を備えた検出器および効果器の人工システムを製作するためのヒントが得られることになる。
一方これらの分野とは別の観点から、病気の診断や治療に電子工学技術を応用した医用工学(ME, medical electronics, medical engineering)が発達してくる。これに呼応して、同じように工学手法を用いるが、とくに医学への応用を志向しない基礎的な研究を生体工学とよんで医用工学と区別するようになった。1970年代での生物工学はこの分野をさすことが多い。生体工学では、制御理論やシステム理論をもとに、生体の調和のとれたふるまいを情報の入出力関係を数理的に解析することによって理解しようとしている。バイオサイバネティックスbiocybernetics、システム生物学という呼び方も生体工学とほぼ同じ意味で使われることがある。
1970年代後半以降になると、生物工学の対象が急速に拡大し、いわゆるライフ・サイエンスの全盛期に入る。従来の微生物工学は遺伝子工学へと変貌(へんぼう)する。発生工学、細胞工学、行動工学などの新分野が開拓されてくる。ここでは生体構造のいろいろな階層レベル(遺伝子、胎児、培養細胞、性中枢など)で人為操作を加え、人間にとって好ましい性質をもつ生物の一部または全体をつくりだすことが目的とされる。このほか、人工心臓や義手のような生体の代替物と生体との接点を対象とするリハビリテーション工学も領域を広げつつある。それゆえ1980年代の生物工学は、生物学の全分野と関連をもつことになると考えられる。
[井上昌次郎]
『梅谷陽二著『生物工学 基礎と方法』(1977・共立出版)』
生物のもつ優れた機能を解明し,そのような機能をもつ体系を人工的につくりだそうとする学問分野。生物学・医学と工学との境界領域に位置する。生体工学,バイオエンジニアリング,バイオニクスbionicsとも呼ばれる。分子生物学,生物物理学,生理学,解剖学,心理学などを基礎学問とし,遺伝子工学,細胞工学,発生工学,医用工学,人間工学,制御工学,人工知能などの幅広い応用分野をもつ。生物の機能のうち数理的解析になじみやすい感覚,運動,神経回路網などは早くから,パターン認識,計算機工学などとの関連で研究対象とされてきた。一方で生物は環境が変化しても生体の内部状態を一定に保つ精妙な調節機能をも備えていて,このような機構は自動制御工学の分野で研究・利用されている。近年では遺伝子操作技術を医療や農業生産の分野に応用する遺伝子工学が大きな関心をよびつつあるが,このような生物の機能そのものを工学的に利用する領域はバイオテクノロジーbiotechnologyと呼んで区別されることが多い。
執筆者:宝谷 紘一
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 森北出版「化学辞典(第2版)」化学辞典 第2版について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
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