生物・進化論(読み)せいぶつ・しんかろん(その他表記)biological and evolutionary theory of personality

最新 心理学事典 「生物・進化論」の解説

せいぶつ・しんかろん
生物・進化論
biological and evolutionary theory of personality

心理学においての生物進化論とは,性格の生物学的・生理学的および進化論的基盤を扱うことである。人間の性格,すなわち心理的・行動的な性向の個人差はなぜ生ずるのか。どのように生じたかにかかわる至近要因には,その人が生きてきた環境やそのときの状況要因の違いのみならず,遺伝子の個人差と,それに由来する神経伝達物質neurotransmitterや脳構造・脳機能など生物学的条件の個人差がある。2万個を超す人間の遺伝子には,その多くに型の違い,すなわち遺伝的多型genetic polymorphismがあり,それが性格の個人差の一つの源と考えられる。たとえば,神経伝達物質の一つであるセロトニン伝導体にかかわる遺伝子5HTTLPRの多型には長いもの(l)と短いもの(s)があり,遺伝子型genotype(父親由来と母親由来の遺伝子の組み合わせ)がl/lあるいはl/sの人はs/sの人と比較して不安傾向が高いことが知られている。ほかにもドーパミン受容体遺伝子DRD4と新奇性追求や衝動性,COMT(カテコール-O-メチル基転移酵素)遺伝子と認知能力や衝動性など,限られた特定の遺伝子と性格との関連を示唆する報告がある。しかし,性格は基本的にポリジーンpolygene(同質の多数の遺伝子)によるものと考えられ,一つの遺伝子の影響は相対的に小さい。そのうえ環境の影響,とりわけ一人ひとりに特有で家族でも共有されない非共有環境nonshared environmentの影響も少なくないので,遺伝子決定論にはならない。とはいえ遺伝子全体の性格に及ぼす影響は,双生児法twin methodを用いた行動遺伝学の研究から,おおむね40~60%の遺伝率heritability(表現型の分散に占める遺伝子型の分散の割合)を示すことが知られている。

 遺伝子と性格のような高次の心理的・行動的特徴との間をつなぐ脳構造や脳機能などの神経生理学的特徴を中間表現型endophenotypeという。たとえば,脳構造としては扁桃体amygdalaの灰白質密度と外向性や神経質,眼窩前頭皮質の灰白質密度と衝動性の相関などが報告されている。また脳機能については,快感情を誘発する刺激に対する左扁桃体の賦活度と外向性,あるいは負の感情を誘発する刺激に対する前帯状皮質の賦活度と神経質との関係も指摘されている。

 それでは性格の個人差に進化的な意味があるのだろうか。これが性格の究極要因(なぜ生じるのか)についての問いである。一般に進化的に適応的な形質(たとえばヒトにおける大きな前頭連合野や直立二足歩行能力)はその種の全個体があまねくもち,個人差は見られない。したがって,性格特性に見られる遺伝的な個人差は,進化的に適応的な機能がとくにないランダム変異であると考える立場がある。しかし,ヒト以外の動物にも外向性や神経質,協調性といったヒトのビッグ・ファイブBig Five(性格の5大因子)に相当する性格因子が見いだされることから,ヒトの性格にも生存繁殖に寄与する進化的に適応的な機能があるという考え方もある。その代表的な考え方が頻度依存淘汰による説明である。メイナード・スミスMaynerd-Smith,J.の「タカ・ハトゲーム」の例では,「戦う」(タカ戦略),「威嚇する」(ハト戦略),そして「逃げる」の3レパートリーがあるとき,ある条件のもとでは集団中の2個体間にはタカ戦略とハト戦略を取る個体が一定の頻度で存在する状態で平衡し,すべてがどれか一つの戦略に固定することはない。性格はタカ・ハトゲームのような適応戦略の異なるタイプとしてではなく,正規分布する連続変量として存在するが,外向性や認知能力,社会的態度に見られるように,遺伝的に類似した者同士が婚姻する配偶者選択assortative matingが生じれば,両極のタイプが増え,これと同様な事態が起こっていることになるかもしれない。また正規分布していても,性格の遺伝的差異が多様な社会的文脈に対する異なる適応方略を生み,無用な競争を避けてそれぞれの遺伝子型の生き残りやすいニッチを構築して,互恵的に適応度を高めることに寄与するという見解もある。 →遺伝 →神経系 →性格発達 →特性論
〔安藤 寿康〕

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