改訂新版 世界大百科事典 「産業中毒」の意味・わかりやすい解説
産業中毒 (さんぎょうちゅうどく)
industrial poisoning
産業現場で取り扱われる原料,中間生成物,製品などの化学物質による健康障害で,工業中毒ともいう。古くからよく知られ,今日でもみられるのは,燃焼・加熱の工程や火災・爆発などの際の,一酸化炭素中毒や鉛,水銀などの金属中毒である。産業中毒は,当然その時代の産業の内容に応じて変遷する。第2次大戦後の有機合成化学,石油化学工業の進歩は,従来の毒物の種類を激増させるとともに,化学,金属などの製造業のみならず,建築,土木,農業,林業,その他多くの産業にも化学物質の広範な利用を生み出し,産業中毒は多くの産業にみられるようになった。
無機化合物のガス中毒の代表は,一酸化炭素,二酸化硫黄,硫化水素,塩素,水素化ヒ素などによるものである。無機金属では,水銀,鉛,亜鉛とその化合物などによるものである。有機化合物のガス中毒では,塗装,脱脂,洗浄用の有機溶剤(シンナーは数種の有機溶剤の混合剤)の中毒が多い。有機金属では,農薬のエチル水銀,ガソリンに添加されていたアンチノック剤の四エチル鉛(現在は製造が中止)によるものが有名である。1960年代からは,石油化学の進歩による合成樹脂の原料(塩ビモノマーなど)や,原料・製品の熱分解生成物による中毒・皮膚炎などが,80年代からは建設産業での新建材,断熱剤(とくに石綿)による健康障害や半導体製造工程での新しい化学物質による健康障害などが現れてきている。毒物の吸収経路は物質により異なるが,呼吸器,消化器,皮膚からである。毒物の作用のしかたも物質により異なる。溶解性の大きいものは,目,耳,鼻,皮膚,歯など直接接触する局所の障害を起こす。ガス,ミスト,ヒュームや微細粒子は,吸入され,溶解度が高ければ,吸入経路の気管,肺などの呼吸器を刺激し化学性の炎症を起こす。溶解度が低ければ,肺胞に達して徐々に溶解し,吸収されて血液中に入る。炭塵のように溶解しないものは,肺組織内に沈着する。粒度の大きい粉塵は,嚥下され,溶解するものは消化液に溶けて吸収され血液中に入る。血液中に移行した物質は,それ自体か代謝された結果の産物かが,血液系,神経系,消化器系,骨格系その他いろいろな組織に影響を与える。各組織の酵素の機能を障害して物質代謝を阻害することが中毒発症の重要な機構の一つであり,障害される酵素の種類の違いによって現れる中毒の症状が異なってくる。たとえば,多くの有機溶剤は中枢神経に対して麻酔作用をもつが,一つ一つについてみると,ベンゼンは造血器を,トリクレンは肝臓を,n-ヘキサンは末梢神経を障害するなどである。近年大きな問題になっているものは,癌原性のある化学物質による腫瘍の発生である。
→一酸化炭素 →ガス中毒 →職業病 →農薬中毒
執筆者:山田 信也
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報