コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

田辺南竜 たなべなんりゅう

2件 の用語解説(田辺南竜の意味・用語解説を検索)

世界大百科事典 第2版の解説

たなべなんりゅう【田辺南竜】

江戸末期以来の講談師で,2代と5代が著名である。(1)初代 生没年不詳だが軍談の大家として知られた。(2)2代(?‐1884(明治17)) 軍談,世話講談ともによくし,〈のんのんずいずい〉という口ぐせから,〈のんのんの南竜〉とよばれた。(3)5代(1878‐1954∥明治11‐昭和29) 本名関川正太郎。3代宝井馬琴門から早川貞水の門に転じ,29歳で5代を襲名,田辺派の再興に尽くす。《義士伝》《太閤記》《名月若松城》などが得意だった。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

田辺南竜
たなべなんりゅう

講釈師。

初代

(1810―65)本名荻沼作内。下総(しもうさ)佐原生まれ。初代田辺南鶴(なんかく)門下。『甲越軍記(こうえつぐんき)』などを得意とした。[延広真治]

2代

(1839―84)本名松野房次郎。初代門人。御家人(ごけにん)の出。修羅場(ひらば)を得意とし、「のんのんずいずい」を連発するので、「のんのん南竜」とよばれた。『檜山実記(ひのきやまじっき)』をつくったといわれる。[延広真治]

3代

生没年、伝未詳。本名高宮半治郎。2代目の実弟とも弟子ともいわれる。またあだ名を「しゃも」とよばれた燕慶(えんけい)が3代目を僭称(せんしょう)したが、代数には数えない。[延広真治]

4代

生没年、伝未詳。1896年(明治29)の番付に改名のことがみえ、松林伯円の門人伯一が襲っている。[延広真治]

5代

(1878―1954)本名関川正太郎。東京・神田生まれ。13歳で2代宝井琴凌(きんりょう)に入門したが、のち改めて真竜斎貞水(しんりゅうさいていすい)に入門。29歳で5代南竜を相続した。『名月若松城』で1953年度(昭和28)芸術祭賞を受賞、晩年を飾った。[延広真治]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

田辺南竜の関連キーワードいろは文庫講釈師講談師陸軍所伊藤痴遊(2代)神田山陽(初代)悟道軒円玉(初代)田辺南鶴(3代)早川貞水邑井吉瓶(2代)

今日のキーワード

大寒

二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...

続きを読む

コトバンク for iPhone