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申不害 しんふがいShen Bu-hai

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

申不害
しんふがい
Shen Bu-hai

[生]?
[没]昭侯22(前337)
中国,戦国時代思想家政治家法家。初め鄭の下級官吏であったが,のちにの昭侯に仕え,富国強兵策を実施し国を強力にした。彼の学問は老子の影響があったといわれ,君主は無為にしていて,家臣に自分の考えを知らせ迎合されることのないようにし,各人の職務を遂行させる「術」を説いたという。著書の『申子 (しんし) 』の残逸が『玉凾山房輯佚書』 (89冊) に収められているが,真実性は疑わしい。

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デジタル大辞泉の解説

しん‐ふがい【申不害】

[?~前337ころ]中国、戦国時代の思想家・政治家。鄭(てい)の人。道家の思想を基に刑名・法術の学を説き、韓の昭侯の宰相として富国強兵に努めた。著「申子」。

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世界大百科事典 第2版の解説

しんふがい【申不害 Shēn Bù hài】

?‐前337
中国,戦国時代の鄭の思想家。韓の昭侯に仕えて相となり,内は政教を修め,外は諸侯と折衝し,富国強兵の実を挙げて,他国の侵略をうけることはなかった。その学は黄老にもとづいて刑名を主とし,《漢書》芸文志によると,法家に属して《申子》6編があったという。申不害の説いた術は,商鞅(しようおう)の法,慎到の勢とともに韓非に摂取されて,《韓非子》の法思想を構成することとなる。【日原 利国

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大辞林 第三版の解説

しんふがい【申不害】

?~前337) 中国、戦国時代の思想家・政治家。鄭ていの人。老荘思想に基づき刑名の学を唱え、韓の昭侯の宰相として国力の強化につとめた。著書「申子」

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

申不害
しんふがい
(?―前337)

中国、戦国時代の法家(ほうか)思想家、政治家で、君主が臣下を統御する法すなわち術に関する考察に優れたとされる。鄭(てい)国の京(河南省(けいよう)県)の人。鄭国の下級官吏であったが、のち韓(かん)の昭侯(在位前362~前333)に仕え、宰相として15年間在職し、強国の間にあって富国強兵に努め成果をあげた。彼に関する諸説話からすると、彼は、臣下がうまく君主に重用されるための術や、君主権強化のため君主が臣下をうまく統御するための術についての考察に優れていたらしい。韓非(かんぴ)は後者の術を評価継承したと思われる。それは、君主は自分の好悪や意図を臣下に覚(さと)られぬよう無為虚静の態度を保ち、臣下を先導せずその自主的行為を督責して臣下を統御すべきだというもので、これは道家の無為、因循(いんじゅん)、虚静の思想の摂取と思われる。『史記』で彼の学問が黄老(こうろう)に基づくとするのは、そのことをさすといえよう。著作は漢初には2篇(へん)であったが、『漢書(かんじょ)』芸文志(げいもんし)には『申子(しんし)』6篇が著録されており、現在は逸文(いつぶん)があるだけである。[澤田多喜男]

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世界大百科事典内の申不害の言及

【法家】より

…両者をうけて,商鞅(しようおう)の変法は,隣保・家族制や軍功爵による集権支配と官僚制,土地改革などの富国強兵策とを,法制をしいて秦で強行した。以後,韓の申不害(?‐前337)は〈刑名(実功と言辞)〉審合で臣下を統御し〈術〉によって黄老風に権力意志を〈無為〉に隠匿(カムフラージュ)する独裁術を唱え,斉の稷下(しよくか)学士(稷門)の慎到は客観的な力関係と権力の掌握行使の方策が〈勢〉威にあると説いた。 戦国末期の韓非子は,儒家の徳治主義を排するが荀子流〈礼〉の実在を法権の超越的実在に入れ替え,〈法・勢・術〉3者を総合して権勢を君主に集中独裁させ,官僚を爪牙に駆民統治をめざす法治思想を集大成した。…

※「申不害」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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