デジタル大辞泉 「無為」の意味・読み・例文・類語
む‐い〔‐ヰ〕【無為】
1 何もしないでぶらぶらしていること。また、そのさま。「せっかくの休日を
2 自然のままに任せて、手を加えないこと。作為のないこと。また、そのさま。ぶい。
「日頃忘れていたゆったりした―の歓喜が」〈宮本・伸子〉
3 《〈梵〉asaṃskṛtaの訳》仏語。人為的につくられたものでないもの。因果の関係を離れ、生滅変化しない永遠絶対の真実。真理。⇔
[類語](1)
( 1 )読みは、「高山寺本論語」(鎌倉初)に「無為(フヰ)」、「妙一本仮名書き法華経」(鎌倉中)に「有為無為(ムヰ)」と加点されているところから、基本的には漢籍系が漢音「ぶゐ」、仏典系が呉音「むゐ」であったらしい。
( 2 )一方、古辞書類では漢音読みが「色葉字類抄」を始めとして中・近世の節用集に広く見られる一方、呉音読みは「文明本節用集」に「無為(ムイ) 无常」とあるのみで、同書でも他では漢音の読みである。このように、少なくとも中世においては漢音読みの方が優勢であったと考えられる。
道家思想の根本概念の一つ。道家思想では,一切万物を生成消滅させながらそれ自身は生滅を超えた超感覚的実在ないしは天地自然の理法としての〈道〉のあり方を体得することを窮極の目的とするが,その〈道〉のあり方を示すのが〈無為〉という概念である。〈無為〉とは人為の否定を意味するが,けっして何もしないということではない。それはいっさいの人間的営為を〈偽〉として否定したうえで,天地自然の理法にそのまましたがった真の〈為〉を実現することであり,正確には〈無為の為〉なのである。《老子》第47章〈聖人は……為さずして成す〉,《老子》第37章,第48章,《荘子》知北遊篇および則陽篇〈無為にして為さざるはなし〉,《老子》第64章〈万物の自然を輔(たす)けて敢えて為さず〉などはいずれもその意味である。また〈大順〉(《老子》第65章),〈因是〉(《荘子》斉物論篇)も同義である。
→老荘思想
執筆者:麦谷 邦夫
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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出典 平凡社「普及版 字通」普及版 字通について 情報
中国古代の道家(どうか)思想の術語。処世のうえでことさらな作為をしないこと、自然にあるがままのふるまいでいること。世事にとらわれ私欲にひかれて、人間的なこざかしい知恵を巡らすところに、かえって人間の不幸が生まれると考え、現象の奥にある根源的な「道(どう)」の立場に立ち返って、その絶対的な理法性に拠(よ)り従い(因循(いんじゅん))、人間的なさかしらを捨てた自然なあり方に従うことによって、個人的な平安と政治的な成功が得られるという。「無為であればすべてが成し遂げられる」「為政者が無為であれば民は自(おの)ずからに治まる」などといわれる。「無為を為す」ということばもあるように、文字どおり何もしないことではなく、ことさらなしわざの跡を残さないあり方をすることである。「自然」「無知」「無欲」などの語と連用され、また人間を超えた「道」や「天」の働きとして、無私の公的な性格において理想化して説かれる。漢初に流行した黄老(こうろう)思想は無為の政術であった。
[金谷 治]
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
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