白井権八(読み)しらいごんぱち

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

白井権八
しらいごんぱち

歌舞伎狂言の主人公の名。実名平井権八という因幡 (いなば) の武家の嫡男であったが,父の同役本庄助太夫を殺害して国元出奔し,江戸で渡り徒士 (かち) 奉公をしているうちに吉原三浦屋の太夫小紫に深くなじみ,金に詰って強盗殺人を重ねて延宝7 (1679) 年に処刑され,小紫もあとを追って自害したという。この実説から美しい若衆の白井権八と幡随院長兵衛の一件が加えられ,安永8 (1779) 年『江戸名所緑曾我 (みどりそが) 』として初めて歌舞伎化されて以来,種々の趣向によって多くの作品を生んだ。なかでも有名なものは文政6 (1823) 年,4世鶴屋南北作『浮世柄比翼稲妻 (うきよつかひよくのいなづま) 』で,特に大勢の雲助を相手に立回る権八とそこに来合せた長兵衛の出会いの「鈴ヶ森」の場が名高い。

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朝日日本歴史人物事典の解説

白井権八

江戸時代の情話の主人公。そのモデルとなった平井権八(1679年没か)は鳥取藩士だった父の敵本庄助太夫を討って江戸へ出奔,吉原三浦屋の遊女小紫と馴染み,金策のため辻斬り百三十余名におよび,品川で獄門となった。目黒不動前の比翼塚に残る小紫との情話はこの実説に基づくが,歌舞伎「鈴ケ森」(4代目鶴屋南北作1823年初演「浮世柄比翼稲妻」の一場面)などで知られる侠客幡随院長兵衛との関係は年代も食い違い,まったくの虚構らしい。しかし通言に「権八」といえば居候を指すように,権八が長兵衛の食客になっていたという話は人口に膾炙していた。古い狂言だと長兵衛は男色者であり,そこから二枚目の若衆役である権八と結びつく筋が生まれたと思われる。

(上村以和於)

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大辞林 第三版の解説

しらいごんぱち【白井権八】

江戸初期の武士。実名、平井権八。鳥取藩士。同僚を斬って江戸に出、吉原の遊女小紫となじみになったが、金に困り辻斬りなどをして処刑された。俠客幡随院長兵衛と結びつけられて、歌舞伎などに脚色された。

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精選版 日本国語大辞典の解説

しらい‐ごんぱち【白井権八】

歌舞伎・浄瑠璃などの作中人物名。鳥取藩士平井権八をモデルとし、吉原三浦屋の遊女小紫との情話や、江戸の侠客幡随院長兵衛との出会いを題材とする戯曲に登場する。

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歌舞伎・浄瑠璃外題よみかた辞典の解説

白井権八
しらいごんぱち

歌舞伎・浄瑠璃の外題。
初演
明治21.9(大阪・朝日座)

白井権八
(通称)
しらいごんぱち

歌舞伎・浄瑠璃の外題。
元の外題
花川戸未熟者中
初演
文久2.9(江戸・市村座)

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