皮膚隆線(読み)ひふりゅうせん(英語表記)dermal ridge

改訂新版 世界大百科事典 「皮膚隆線」の意味・わかりやすい解説

皮膚隆線 (ひふりゅうせん)
dermal ridge

ヒトの手のひらや足の裏の表面にあるような皮膚小稜をいい,ヒトでは幅0.5mm程度の隆線である。皮膚隆線の表面には,ほぼ一定の間隔をおいて汗の出る小孔(汗口)が開いている。このような皮膚隆線の構造は,摩擦触覚を増強し,物体を把握したり,操作したりする機能を高めている。物体との接触部位が皮膚隆線に限局されることで生じる大きな圧力と,汗口からの少量の汗が皮膚隆線と物体との間隙を満たすことによって,皮膚隆線と物体とが密着固定し,摩擦が大幅に増加する。また,触覚による物体表面の質感や形状の認識は,皮膚と物体との摩擦で生じる振動が触覚受容器を刺激することによって生じ,皮膚隆線はこの振動を起こりやすくしていると考えられている。

 皮膚隆線はヒトの手足だけでなく,広く霊長類全般の手のひら,足の裏に見られる。このことは,皮膚隆線が,手足で枝をつかむ必要のある樹上生活との関連で発達してきたことを物語っている。霊長類の中でも原始的なグループである原猿では,手のひら,足の裏の表面の一部に,皮膚隆線を欠いている。他方,クモザルやホエザルなど,中南米にすむ尾の器用なサルでは,尾の先端部腹側(下面)にも皮膚隆線が認められる。また,霊長類以外の動物でも,リスやキンカジューなど,木登りのじょうずなごく一部の動物の手足にも,部分的に皮膚隆線の発達が認められる。

 皮膚隆線の屈曲は皮膚の表面にいろいろな模様をつくる。これを皮膚紋様,皮膚理紋,あるいは皮膚隆線系dermatoglyphics/dermal ridge patternと呼ぶ。皮膚紋様は,指先(指頭)では指紋,手のひらでは掌紋(手掌紋),足の裏では足底紋というように,部位に応じた名称で呼ばれ,クモザルなどの尾にある皮膚紋様は尾紋と呼ばれる。掌紋,足底紋は,それぞれ母指球紋,小指球紋,四つの指間紋というように,さらに分割して観察される。皮膚紋様の分類では,皮膚隆線の3系統の流れが接する所にできる三叉に着目した方法を用いることが多い。三叉の中心を三叉点,そこからの隆線を三叉線と呼び,三叉点の位置や,三叉線の流れの方向に着目して,掌紋や足底紋を類別することができる。

 指紋の紋様は,キツネザルなどの原猿では一般に単純で,ニホンザルなどの狭義のサルでは,ヒトの渦状紋に類似するという違いはあるが,いずれも,すべての指に同じような紋様が見られる。それに対して類人猿とヒトの場合には,指による紋型の違いが目立つ(図1)。紋型を弓状紋蹄状紋,渦状紋に大別し,これらの百分率比を手の指紋について例示すると,テナガザルで76:24:0,オランウータンで9:56:36,チンパンジーで52:47:2,ゴリラで69:29:2,ヒトで40:54:6である。

 前述のように,原猿では手のひらと足の裏の一部に皮膚隆線を欠いている。狭義のサルでは掌紋,足底紋はかなり複雑で,指のつけ根の部分にある指間紋が渦状紋であることが多い。この傾向は足底紋より掌紋で,またニホンザルやヒヒのような地上性のサルで,よりはっきりしている。それに対して類人猿とヒトの掌紋,足底紋は明らかにより単純であり,指間紋は皮膚隆線が平行に並んでいるか,蹄状紋であることが多い。前述の三叉線に着目した分類によれば,ヒトの掌紋,足底紋は類人猿よりも,ニホンザルなど狭義のサルに似ている面をもっていて,事情は単純ではない(図2)。

 手指の皮膚隆線のパターンである指紋は,個体ごとに異なり終生不変であるので,個体識別に用いられる。個人識別における指紋の有用性に関する最初の学術的研究は,ヘンリー・フォールズHenry Fauldsが1880年に科学雑誌《Nature》に発表した論文であった。フォールズは,キリスト教宣教師として1874年に来日し,健康社(築地病院を経て,現在は聖路加国際病院)を開設したイギリス人医師で,日本の古い土器についていた指紋や日本で拇印が頻繁に使われていたことなどから着想を得たといわれている。指紋による個体識別法は,のちフランシス・ゴルトンFrancis Galtonなどによって発展させられ,20世紀に入ると各国で犯罪捜査に利用されるようになった。犯罪捜査に使われる指紋の分類には,隆線の開始点,分岐点,接合点などの特徴点が用いられる。特徴点は各指に100個程度存在し,通常用いられる15個程度の特徴点だけでも,他人の指紋が偶然一致する確率は100兆分の1程度とされている。このように偶然の一致率が極めて低く,また一卵性双生児でも異なる指紋をもつため,DNA鑑定が発達した今日でも,犯罪捜査における有用性は失われていない。また,近年はコンピュータによる個人認証に指紋が利用されている。

 なお,手相学で問題にする手のひらの線は,皮膚隆線ではなく皮膚のしわであり,皮膚紋様が一生変わらないのに対して,手相は多少変化することがある。
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出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

世界大百科事典(旧版)内の皮膚隆線の言及

【指紋】より

…指や手のひら,足底の皮膚に浮きでるように走るたくさんの線状の隆起を皮膚隆線または単に隆線といい,隆線上には汗腺が並んで開口している。この隆線が指頭でつくる紋理(紋様)またはこの紋理を捺印した像を指紋という(ちなみに手のひらや足底にみられる紋理はそれぞれ掌紋,足紋といわれる)。…

※「皮膚隆線」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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