個人やその家族、地域住民の健康の保持・増進、疾病予防等により、人々がよりよい、質の高い生活を送れるように、看護の専門知識・技術を使って働きかけるための学問ならびに実践体系。
広く対象である個人、家族、地域に関する内容、健康、疾病等に関する専門的かつ膨大な内容を含む体系的な学問であり、また看護は対象に対する「実践」を含むため、座学のみではなく実際の対象に対する援助を臨地で学び研究する実践的な学問でもある。看護学は、人々の健康に携わる看護師、保健師、助産師などの看護専門職の基盤となる学問であるといえる。
[横山美樹 2021年9月17日]
日本においては1952年(昭和27)、高知女子大学(当時)に家政学部看護学科が設置され、初めて看護学の4年制教育が開始された。しかし、その後看護系大学は1990年(平成2)まで数のうえでは9~11校で推移し、看護職者の教育のほとんどは職業養成教育(看護専門学校等)を中心に行われてきた。その後、1992年に「看護師等の人材確保の促進に関する法律」が制定され、国の財政支援も看護系大学の開設を後押ししたことから、全国で大学や学部の設置が急速に広がり、2021年(令和3)時点では290校以上の大学で看護学教育が行われるようになった。なお、看護学はこうした基礎教育での学びにとどまらず、看護を業とする者が生涯にわたって学び、考え、実践し続ける必要のある学問であるといえる。
[横山美樹 2021年9月17日]
看護学のなかには、看護実践の基本となる看護技術、対象の状態に応じた個別的な看護を実践するための思考過程である看護過程等を扱う「基礎看護学」、とくに患者の精神的なケア、精神面の疾患に罹患(りかん)した者を対象とした「精神看護学」、対象の発達段階に応じた「小児看護学」、「母性看護学」、「成人看護学」、「老年看護学」がある。さらに地域社会での健康、集団の保健行動や健康問題に着目する「地域看護学」、在宅で暮らす人々を対象とした「在宅看護学」、広く国際的な視野で看護を考える「国際看護学」、災害を受けた人々に対する救命、その後の健康への影響をふまえた看護を考える「災害看護学」、対象に対してよりよい看護を提供するためのシステムに着目する「看護管理学」がある。そのほか、最近ではさらに細分・専門化され、「看護情報学」「看護倫理学」等の分野もある。
[横山美樹 2021年9月17日]
看護学は実践の学問であり、対象者への看護援助は「看護技術」を用いて行う。看護技術とは、看護の専門的知識に基づいて、対象の「安全・安楽・自立」を目ざした直接的な行為である。おもに、対象の生活を支える「日常生活援助技術」と、治療や処置にかかわる「診療の補助技術」に大別される。
日常生活援助技術には、食事に関する援助技術、排泄(はいせつ)に関する援助技術、清潔や更衣に関する援助技術、活動や休息(睡眠)に関する援助技術、環境を整える援助技術等が含まれる。診療の補助技術には、与薬に関する技術(注射、点滴等)、酸素吸入、吸引の技術、検査に関する技術等が含まれる。
対象の「安全」とは、対象者に危険が及ばないようにこれらを実施することであり、たとえば食事中の誤嚥(ごえん)を防ぐための援助技術や、注射時に神経損傷を起こさないための適切な部位の選択等がある。このような安全な技術提供のためには看護職者の専門的な知識や適切な技術が欠かせない。
「安楽」とは、対象者が苦痛なく精神的にもリラックスできている状態であり、看護職者が看護技術を提供する際に、つねに対象者の安全とともに配慮すべき点である。
「自立」とは、対象者が自分でできること、セルフケア能力を考慮し、できることは自分で実施できるよう促し、できないことのみを援助するという考え方である。自立を考慮するためには、対象者の身体状態の適切な評価、アセスメント力が欠かせない。看護技術は、対象の状態に応じて前述の安全・安楽・自立に向けて、方法や用具等を変えて実践する必要があるため、看護職者は、原理原則に基づいたスタンダードな技術を基本に対象の状態を適切に評価・アセスメントしたうえで、対象に適した必要な看護援助を実施する。
また、看護技術を提供する際にも、対象者にかならず十分な説明を行い、同意を得てから行う「インフォームド・コンセント」が重要であり、看護職者にはこれらを含めたコミュニケーション技術、対象となる人の尊厳に配慮する気持ちをもつことなど、倫理的態度も求められる。
[横山美樹 2021年9月17日]
近年は、evidence based nursing(EBN)すなわち「根拠に基づいた看護」の重要性がいわれている。対象に対してつねに最良の看護を提供するためには、看護職者が知識と技術を「根拠に基づいて」最新のものにし、その人にとって必要な看護を提供することが求められている。看護が看護学としてより発展していくためにも、看護に関する研究に基づく最新の知見を明らかにし、つねにそれらの最新の知見を看護実践につなげていくことが期待されている。
[横山美樹 2021年9月17日]
看護とは,人が生まれ,その生を閉じるまでに経験されるすべての健康現象において,個人および家族,地域社会に関与することによって,個人の生命力ないし生活力を十分に発揮できるように援助することを意図した〈働き〉といえる。看護学は,このような看護の基本的機能を向上させるために,看護理論,看護実践,そして看護研究の発展を目ざす学問である。これら看護学の三つの領域は独自に発展するものではなく,相互に影響を及ぼし合っている。
欧米における看護学の発展の歴史をみてみると,1859年にF.ナイチンゲールが《看護覚書》を著し,それまでの経験主義的看護に科学性を追求し,看護を学問として構築する礎を築いた。その後アメリカにおいて,1950年代から,看護を学問として理論化する動きが幾人かの看護研究の先駆者たちによって行われてきた。代表的なものとしては,ヘンダーソンVirginia Henderson(1897-96)とペプローHirdegard E.Peplau(1909-99)の主張をあげることができる。ヘンダーソンは対象への個別的人間理解に基づいて,人間の基本的欲求に注目し,看護婦がこの個人のニーズを満たす働きをすることを重視し,いわゆる〈ニーズ論〉による看護の働きを整理し,提唱した。一方ペプローは,〈成長発達理論〉と〈人間関係論〉の立場から,看護婦と患者の個別性を重視し,相互作用的人間関係の発展過程に注目し,看護における対人関係の展開の技術の重要性を強調している。日本では,最近ようやく看護系の大学や研究室が設立され,看護の研究活動の場が生みだされて,種々な看護の専門研究雑誌の発行や学術学会の発足など,活発になってきている。
看護学を成立させる知識体系を,ストレス下における人間の反応に関する知識と,そうした状況にある個人への援助行為に関する知識とに大別して考える立場からすれば,前者については,看護周辺の人間に関する諸科学(医学,心理学,教育学,社会学など)の原理を導入し,それらを看護の目的にそって統合・再編成することによって得られるものである。一方,後者については,看護実践において看護婦が独自に開発する必要のあるもので,〈人が人に働きかける〉という看護の特質をふまえて看護の実践を導くための理論およびその研究方法の確立が目ざされている。その第一歩として,看護の臨床状況に生じている現象を理解し記述化し概念化していく作業は,看護実務に従事している人々,看護教育を担っている人々のそして看護研究に携わっている人々に課せられている急務である。
→看護
執筆者:外口 玉子
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…〈看〉が手を眉上にかざして見ることから〈よくみる〉〈いつくしみみる〉を意味し,〈護〉は〈まもる〉を意味することから,〈看護〉とは〈いつくしみの心をもってみまもること〉ということができよう。英語のnursingはnurture(養育・愛着・保育)から派生したものである。 人は古来,外界の危害から身をまもり,傷ついたり病んだりしたときに互いにいたわり,助けあい,生の営みをつづけてきた。…
※「看護学」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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