翻訳|vacuum pump
大気圧以下の状態にある気体を吸い出して,真空の程度を上げるために用いられる装置。
真空ポンプの作動範囲は大気圧以下絶対真空近くにわたるが,大気圧以下の圧力表示には大気圧を基準としてそれとの差で表す大気圧基準(ゲージ圧力)と,絶対圧力基準(絶対圧力)とがあり,前者の表示は負で表される。圧力の単位としてはPa,mmHg,mH2O(水柱)のほか,真空領域ではとくにTorrがよく使用されている。これらのうち,Torrは絶対圧力の単位として用いられ,それ以外の表示はゲージ圧力,または絶対圧力の区別を明記する必要がある。また,真空度として,大気圧を0%,絶対真空を100%とする表示法も用いられている。
真空ポンプの吸込口を締め切ったとき,すなわち,吸引量が0となったときに到達できる最低圧力を到達圧力(または最高真空)という。これは真空ポンプの性能を規定する際の重要な目安となるが,同時にポンプの排気速度も考慮する必要がある。真空工学では一般に用いられる体積流量を排気速度Sと呼び,流量を排気速度と絶対圧力pの積,Q=Spで表し,これをQ値と呼んでいる。Qは一般の質量流量に相当するもので,通常Torr・l/sで表す。また真空ポンプの容量は,単位時間にポンプ系外に排除される気体の体積で表され,通常は吸込側の状態(圧力ならびに温度)における体積を用いるが,基準状態(0℃,1atm)での体積を用いることもあるので,その区別を明記する必要がある。
真空ポンプの特性で一般の送風機,圧縮機と異なるおもな点として次のことがあげられる。(1)吸込側と吐出側の圧力差に比べ,その圧力比が大きいので,わずかな圧力損失によって圧力比が増加し,真空ポンプの駆動動力も非常に増大する。(2)吸込側と吐出側の圧力差が比較的小さいので弁,通路の抵抗を極力減らし,圧力損失を小さくする必要がある。(3)吸込側の真空度が変わるのに伴って圧力比,吐出質量も変わる。(4)取り扱う気体の密度が小さいため,所要動力に比べ,機械の容積が大きくなる。
真空ポンプは原理,構造により機械式真空ポンプ,蒸気噴射ポンプおよび物理・化学作用ポンプの三つに大別することができる。機械式真空ポンプは一般の気体圧縮機とほぼ同様で,容積形,ターボ形に分けられる。高速の流体を噴射してその周囲の気体や液体を吸引する装置をエゼクターejectorというが,蒸気噴射ポンプは流体として蒸気を用いたもので,機械運動部分がないのが特徴である。スチームエゼクター,油拡散ポンプ,水銀拡散ポンプなどがこの型式に入る。最後の物理・化学作用ポンプは,気体分子を物理的または化学的作用により捕集して真空を作るもので,容器中の気体分子をイオン化して電極で集積するイオンポンプをはじめ,ゲッター・イオンポンプ,クライオポンプなどがある。真空ポンプは1基で1atm以下の全領域にわたる真空を作りだす機能はもたず,2基以上のものを組み合わせる必要がある。この場合,排気気体を大気に放出させる補助ポンプを併用し,高真空を作りだすポンプをとくに高真空ポンプと呼び,拡散ポンプ,分子ポンプなどがある。補助ポンプには油回転ポンプ,ソープションポンプなどがある。また,補助ポンプの作用を補強するためのブースターポンプとして二葉ポンプ,油・水銀エゼクターなどが用いられる。
(1)往復式真空ポンプ 容積形のポンプで,主要部は,シリンダー,ピストンおよびシリンダー端面または側面に取りつけられた吸込弁,吐出弁から構成され,構造は往復式圧縮機と同じであるが,前述のような理由でそれに比べ大型となる。シリンダー径とピストン行程の比は1.5~3.0程度にとられるが,シリンダーとピストン端面で囲まれた容積が最小となるすきま容積をできる限り小さくすることが必要である。シリンダー,シリンダーカバー,弁室の冷却には水冷方式がとられている。弁機構により自由弁式と滑り弁式とがあるが,いずれもピストンの片面によりシリンダー内気体が圧縮され,吐出弁から排出される間,ピストンの他面側では吸込過程が行われる複動形が多い。自由弁式はシリンダーの両端部にそれぞれ1組の吸込みおよび吐出用の自由弁が取りつけられており,弁内外の圧力差とばねの締めつけ力との関係で自動的に開閉する。この形式は1段の場合,到達圧力が12~25Torrとなる。また,圧力比は3~20の範囲で,他の容積形真空ポンプに比べもっとも効率が高い。滑り弁式はシリンダー側面に弁が取りつけられており,これがピストンと一定の位相差で往復してピストン両側のシリンダー室に通ずる吸込口と吐出口の開閉を行う。この際,吐出行程の終りにシリンダー内に残った気体を弁に設けた通路をへて吸入行程中のシリンダーの他の側に連絡させると,前者の圧力は吸気側と平均化し,元来の吐出圧に比べ低圧となる。したがって,吸込気体の再膨張は少なくてすみ,結局,すきま容積を減らすことと同等の効果がある。この方式のポンプは1段で2~8Torr,2段で0.2~0.02Torrの真空をうることができるが,構造上,大型化はむずかしく,排除される流量当りの消費動力もやや大きくなる。往復式真空ポンプは汚水処理場などの真空ろ過用,化学工業などの真空蒸留用,電線工業などの真空乾燥用,食品工場などの蒸発装置用のほか,エアシューター,防じん装置など多方面に用いられている。
(2)回転式真空ポンプ 回転容積形圧縮機をそのまま用いることができる。二葉真空ポンプは内部にしゅう動部がないので高速回転が可能であり,内部潤滑油が不要で汚損をきらう気体を扱うのに適している。圧縮による発熱を取り除き,内部すきまからのもれを防ぐため,ケーシング内に水を注入する方式(注水式,湿式)もある。この場合,効率は向上し,1段で吸込圧力は約350Torr,2段で約20Torrだが,湿式のため水の蒸気圧の影響が大きい。用途は抄紙機,ろ過器などの真空脱水用,空気輸送用,坑内ガス排出用などである。水封真空ポンプは図1に示すように,ケーシング内に適当量の封水を入れて羽根車を回転させるもので,遠心力でケーシング内壁に押しつけられた封水液と羽根車で囲まれた空間の変化を利用し,吸込み,吐出作用を行う。楕円形のケーシングの中央に羽根車があり,羽根車の1回転につき2回の吸込み,吐出作用を行う対称式と,円形ケーシング内の偏心羽根車の1回転につき1回の作用を行う偏心式とがある。封水を回転流動させるため,効率は高くないが,吸込側から多量の液体を吸引する場合に適している。到達圧力は1段で100Torr,2段で20Torrくらいで,構造が簡単なため,遠心ポンプの呼び水用,蒸気暖房のドレーン回収用,化学工業用,医療用などに使用される。
このほか小型用として,ベーン圧縮機を使用するベーン真空ポンプがあるが,到達圧力は1段で50Torrくらいである。
(3)ターボ形真空ポンプ これには遠心式真空ポンプなどがあり,比較的圧力比の小さい送風機が排風機として吸込側に用いられる。また,特殊な例として多段遠心圧縮機を抄紙機用の真空ポンプに用いることがある。
20世紀初めにドイツの物理学者ゲーデWolfgang Gaede(1878-1945)により開発され,高真空ポンプとして広く用いられている。このポンプは回転翼形(ゲーデ形),カム形(センコ形),揺動ピストン形(キニー形)の三つの型式に分類できる。いずれもシリンダーの一部を油タンクにおさめるなどしてしゅう動部分が内部潤滑油によりシールされ,この油がすきま容積に入って残気量を著しく小さくするため到達圧力を低くすることができる。回転翼形真空ポンプは,図2に示すように,偏心ローターの直径方向の溝におさめられている2枚の翼がばねでシリンダー内壁に押しつけられている。ローターの回転に従い,シリンダー,ローターおよび羽根でかこまれた容積が変化して1回転で2回の吸込み,吐出作用を行う。このポンプは1段で10⁻2~10⁻3Torr程度,2段で10⁻4Torr台が得られる。カム形真空ポンプはシリンダーの溝におさめられている仕切板がばねとレバーで偏心ローターに押しつけられ,ローターの回転によりカムのように上下運動をし,この作用でローターとシリンダー間の気体が排出される。このポンプは小容量向きで,2段で10⁻3Torr以下のものが多い。揺動ピストン形真空ポンプは図3のような構造で,シリンダー内壁をしゅう動しながらシリンダー中心を軸に回転する偏心ローターがあり,ローターの回転でシリンダー内壁とローターにかこまれた容積が変化し,ポンプ作用を行う。この型式は構造的に堅牢にでき,大型に適している。一般には1段で10⁻3Torr程度である。
回転ポンプと拡散ポンプなどでは10⁻3~1Torrの間で効率的作動がむずかしい。このような範囲で補助ポンプを補強するポンプをブースターポンプといい,これに用いる二葉真空ポンプをとくにメカニカルブースターmechanical boosterと呼ぶ。構造は二葉圧縮機と大差ないが,冷却など高真空下での作動に対し特別な配慮がなされている。また,内部圧力の低下とともにすきま内の気体は分子流となり,もれ量が著しく減少し高真空まで良好な体積効率が維持される。そのほかにブースターポンプとして用いる蒸気噴射ポンプ(エゼクターブースター)は,ノズル,ディフューザー,吸引室からなり,油の蒸気を超音速でノズルより噴射させて吸引室の気体を吸引し,ディフューザーをへて出口から放出するもので,1段ノズルでの到達圧力は10⁻3Torr前後であるが,有用性の比較から現在は二葉ポンプが多用される。
ゲーデにより発明(1913)されたもので,ケーシング内部をローターが高速回転し,ケーシングとローターの溝にある気体がその粘性で回転方向に運ばれ圧力差が生ずる。その圧力差により逆流する気体分子と回転で運ばれる気体分子が平衡したとき,このポンプの到達圧力になる。分子ポンプは作動,停止に時間を要さず,作動油などの影響を受けなくてすむ利点をもつが,補助ポンプを必要とし,大型のものは製作困難である。このポンプにはいくつかの形式があるが,軸流送風機と同じ構造の軸流分子ポンプは,気体通路,排気速度が大きく,超高真空ポンプとして利点が大きい。到達圧力はN2ガスの場合10⁻10Torrで,10⁻2~10⁻8Torrにわたり,ほぼ一定の排気速度をもつ。用途はプラズマ物理・工学の領域,加速ビームライン,エレクトロニクス半導体分野での蒸着その他がある。
蒸気噴射ポンプの区分の中に含まれるもので,10⁻4Torr以下の圧力が必要な場合に用いられ,機械的機構に依存しないで物理的作用による点に特徴がある。このポンプの構造を図4に示す。円筒ケーシング中を,補助真空ポンプで10⁻1Torr程度の真空状態に保ち,ケーシング底部の作動液(油,水銀)を加熱蒸発させてノズルから噴射し,気体分子を蒸気の噴流で補助真空側へ排気する。噴流は冷却ケーシング内壁に衝突し,液化して底部の加熱部にもどる。この際,補助真空は水銀拡散ポンプで5~1Torr,油拡散ポンプで10⁻1~5×10⁻2Torrを必要とする。また,到達圧力は前者は特殊な冷却方式を用いないと10⁻3Torr以下にならないが,後者は10⁻7Torr程度に達する。
気体分子を化学的または物理的に固体に取り込んで真空をうる方式のポンプがある。例えば,クライオポンプは極低温の冷却面により気体分子を凝縮させ,排気作用を行わせるもので,この場合,冷却面に吸着効果の高い活性炭をはりつけたものをソープションポンプと呼ぶ。さらにチタンなどのゲッターの蒸発で形成した新鮮な蒸着膜と気体分子とを反応させて排気作用を行うゲッター・イオンポンプなどもある。
→圧縮機
執筆者:有賀 一郎
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
大気圧以下の低圧の気体を吸引し、圧縮して大気中に放出することにより、容器内の真空の度合いを高める装置。圧縮機の一種である。真空度合いの表示方法は、大気圧を基準としたゲージ圧と、絶対真空を基準とした絶対圧が用いられる。従来、トリチェリにちなんだトルTorr(水銀柱高さで表した絶対圧力)や水銀柱ミリメートルが用いられたが、新しく制定された国際単位系(SI単位)では圧力の単位としてパスカルPaを用いることになっている(1Torr=1mmHg=133.322Pa)。そのほかに、大気圧を0%、絶対真空を100%とする真空度が用いられることもある。
[池尾 茂]
圧縮機として使用可能なものは、すべて真空ポンプとして利用でき、多段ターボ圧縮機、往復圧縮機、ねじ圧縮機、ルーツブロワーroots blowerなどが、機械的真空ポンプとして用いられているが、到達真空度は低い。
一般的な機械的真空ポンプには、水封式と油回転式がある。水封式真空ポンプでは、円筒形ケーシングに水を入れ、偏心して取り付けられた羽根車を回転させると、水は遠心力でケーシングの外周部に同心円状に付着し、2枚の羽根と水面との間の空間の容積は羽根車の回転とともに変化する。したがって、吸込み口から吸入された気体は羽根車内で体積が徐々に減少していき、大気中に放出される。このポンプの到達真空度は絶対圧で15キロパスカル程度で高くないが、水を含んだ空気を吸い込んでも作動上まったく影響がない。そのため、中形や大形ポンプに必要な呼び水用真空ポンプとして広く用いられている。
油回転式真空ポンプは、ローターとステーター(シリンダー)との間の摺動(しゅうどう)部を油でシールすることにより、漏れを防ぎ、体積効率を高め、高真空度を得られる。1段で絶対圧1.3パスカル、3段で0.13パスカル程度の真空が達成できる。広く用いられているものにカム式、ベーン式、振り子式(キニー式)がある。カム式ポンプは、ばねでローター面に押し付けられている仕切り板、シリンダー、偏心ローターとに囲まれた空間の容積がローターの回転とともに変化し、気体は吸込み口から吸入され、圧縮され、排出される。ベーン式ポンプの作動原理はカム式とまったく同じで、偏心ローターの溝に挿入されたベーンをばねでシリンダーに押し付け、ベーンとローターとシリンダーとに囲まれた空間の容積変化を利用している。振り子式ポンプは、偏心ローターの回転に伴う振り子の揺動を利用している。吸込み口は振り子と一体につくられており、ローターの回転により開閉する。カム式やベーン式と異なり、ばねの破損による故障はないが、振り子の揺動により振動が生ずる。
[池尾 茂]
機械的真空ポンプでは到達できない高真空を実現するために、拡散ポンプ、イオンポンプなどが用いられる。拡散ポンプは、補助真空ポンプで、ある程度真空度を高め、その後、油または水銀を加熱、蒸発させてノズルから噴出させ、その噴流とともに気体分子を外部へ排出するもので、油を使用した場合10-5パスカルの真空を実現できる。イオンポンプでは、陽極と陰極との間に高い電位差を与え、それによって誘導された電子を気体分子と衝突させ、分子をイオン化させる。正の電荷を与えられてイオン化した気体分子は陰極に集められ、容器内の気体分子は少なくなる。その際、高密度の磁場によって電子が長い螺旋(らせん)状の軌道を描き、電子と分子の衝突の機会が多くなるようくふうされている。このポンプは粒子加速器、X線管などに用いられている。
[池尾 茂]
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出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
装置または容器内の空気を引き出して,容器内を真空にするポンプをいう.真空ポンプには,機械ポンプ,噴射ポンプの2種類のポンプがあるが,さらに高真空用にはゲッターイオンポンプ,クライオポンプなどがある.目的に従ってこれらを組み合わせて使用することが多い.表に代表的なものをあげた.[別用語参照]ブースターポンプ,拡散ポンプ,エジェクター
出典 森北出版「化学辞典(第2版)」化学辞典 第2版について 情報
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