真空中を荷電粒子が移動することによって生ずる導電現象およびこの導電現象の発生過程。電流を流す役割を担う荷電粒子以外の粒子がまったく存在しないという理想的な真空は得られない。このため真空技術とその応用の発展につれ,真空放電として扱う対象は歴史的に変化してきた。
回転ポンプを使って容易に得られる1~1000Pa程度の真空度のもとで観測しやすい現象であり,真空技術発展の初期以来慣習的に真空放電とも呼ばれてきた。直径1cm,長さ20cm程度のガラス管の両端に1対の平板電極を挿入し(ガイスラー管),約1000Paのガスを封入する。この電極に高抵抗を介して直流高圧電源を接続し,10mA程度の放電を起こさせる。発生した放電は管内一面に広がり,グロー放電の状態となる。陰極から陽極に向かって,陰極グロー,陰極暗部,負グロー,ファラデー暗部,陽光柱が観測される。放電の色は気体の種類で異なる。空気の場合,負グローは青色,陽光柱は赤色を呈する。陰極面から陰極暗部末端まで(陰極降下層)の厚さは数mmである。
陰極降下層の厚さはほぼガス圧に反比例する。気圧を減少させると陰極降下層が伸び,陽光柱部は短くなる。ガス圧を10Pa程度にすると,陽光柱と負グローは失われ,陰極暗部が放電管の大部分を占め,放電は暗くなる。陰極と対向する陽極付近のガラス面は,電子の衝突によって蛍光を発する(クルックス管)。低ガス圧グロー放電はガスレーザー,ネオン管などに利用されている。
なお,数百~1000Pa程度の低ガス圧放電には,蛍光灯管の中で起こっているようなアーク放電も存在する。これは加熱したフィラメントから熱電子を放出させ,放電を行わせたものである。陰極降下層はフィラメントの表面近くに局在し,放電空間の大部分を陽光柱が占めている。
真空ポンプが発達し,真空遮断器などの真空利用機器が続出するに及んで,真空放電として扱われるべき領域の中心は,より真空度の高いほうへ移ってきた。拡散ポンプなどによって達せられる10⁻2Pa以下の真空状態は,粒子数の密度が小さく,粒子相互の衝突による電離と電荷の増殖が起こりにくいため,良好な絶縁体である。しかしながら,高真空の絶縁耐力も有限であって,大気圧のより1桁ほど高い電圧をかければ絶縁が破れる。高真空に関して,放電現象を扱う立場からは,定常的な導電現象より,この絶縁破壊に対して関心が払われている。ここでは破壊発生の機構についての諸説のうち3例を記す。
(1)電極間に生じた電子が陽極に衝突し,陽極物質を噴出させる。噴出物の一部は正イオンになっている。また光子も発生する。正イオンが加速され陰極に衝突し,二次電子が発生する。光子によっても陰極から二次電子が生ずる。この過程が基となり絶縁が壊れ,放電が進展する。
(2)陰極から放出された電子ビームが加速され陽極に衝突する。陽極は加熱され,陽極物質が噴出する。以下(1)と同様な過程が進む。
(3)電極表面にゆるく付着している粒子が静電力で電極から引き離され,対向電極に衝突する。電極物質の噴出,イオン,電子,光子が発生し,結局(1)と同様な過程が進行する。
ところで,真空放電の発生に電極の状態が強く影響するということを示す現象の例には以下のようなものがある。
(1)電極間の距離を同一に保っても,破壊電圧が電極材料の差で数倍異なることがある。
(2)破壊電圧が電極表面の付着物,よごれの有無で数倍異なることがある。
(3)電極面積を大きくすると,破壊電圧が数分の1に低下することがある。
執筆者:杉沼 義隆
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きわめて薄い気体中でおこる放電。真空中では普通、放電がおこりにくく、真空は一種の高絶縁物とみなすことができるが、非常に高い電圧を加えると、やはり放電が発生する。真空の絶縁を利用した装置である真空遮断器や、高電圧をかける真空機器である電子顕微鏡などでは、真空中の放電を抑制する必要がある。かつては真空といっても、かなりの残留ガスがあり、それが放電の原因ともなったが、最近では十分に高い真空が得られるため残留ガスは問題とならず、電極からの放出物質が真空放電を引き起こす原因と考えられている。また装置の形状によっては、壁面に沿って放電する沿面放電が真空放電の原因となることもある。
[東 忠利 2024年6月18日]
希薄な気体中で起こる放電.高圧整流管,X線管,静電高圧発生装置,イオン加速器など工学上の必要から研究されている.低圧気体中でのグロー放電も,通例,真空放電とよばれる.
出典 森北出版「化学辞典(第2版)」化学辞典 第2版について 情報
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