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磐城平元文一揆 いわきたいらげんぶんいっき

百科事典マイペディアの解説

磐城平元文一揆【いわきたいらげんぶんいっき】

江戸時代,陸奥(むつ)国の磐城平藩領内で起きた百姓一揆。財政窮乏の藩が領内の商品の生産・流通に新たな賦課を行ったのに対して,1738年その撤回を求めて城下に押し寄せ,町会所などを打毀(うちこわし)にするなどして城下を占拠した。

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世界大百科事典 第2版の解説

いわきたいらげんぶんいっき【磐城平元文一揆】

1738年(元文3)磐城平藩内で起こった全藩的な百姓一揆。磐城平藩内藤氏は,入封直後から財政難に悩まされていたが,享保期(1716‐36)には,幕府から命ぜられた日光参宮普請手伝,渡良瀬川改修手伝などの臨時支出や,米価低落,諸物価高騰のために極度の財政窮乏に陥った。これを打開するため,領内の特産品に対して新税を賦課するなど,主に農民の商品生産商品流通に対する課税を強めたため,稲作のほかこうした生産に力を入れて農業経営をようやく維持してきた全領の農民を動揺させた。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

磐城平元文一揆
いわきたいらげんぶんいっき

江戸中期陸奥(むつ)国磐城平藩(福島県いわき市)で起こった全藩的な百姓一揆。磐城平藩内藤氏(7万石)は早くから藩財政が不安定であったが、18世紀に入ると、幕府享保(きょうほう)の改革期に生じた米価に対する諸物価高騰、幕府の命令による日光廟(にっこうびょう)修営、江戸藩邸の火災などにより極端な財政難に陥った。内藤氏はこれを、年貢率のアップ、新税賦課、臨時の御用金、夫役(ぶやく)金の徴収など、主として農民負担の強化によって打開しようとした。これに対し、すでに過酷な収奪に苦しんでいた領民は、1738年(元文3)秋、中神谷(なかかべや)村武左衛門(ぶざえもん)らの呼びかけで全領から約2万人が城下に結集し、年貢減免、新税撤回など19項目の要求を掲げて藩政の修正を求めて対決した。領主側は農民の圧力に屈し要求の大部分を飲んだが、一揆終息後、指導層を逮捕、約束を反故(ほご)にした。しかしこの一揆が原因で、まもなく内藤氏は日向延岡(ひゅうがのべおか)(宮崎県延岡市)へ転封されることになった。[青木美智男]

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