最新 心理学事典 「社会的学習」の解説
しゃかいてきがくしゅう
社会的学習
social learning
【行動の伝播】 モデルの行動を観察した個体が,即時的に相応する身体部位をもって同一の行動を示すことを模倣imitationという。模倣を行なうためには,モデルの身体とその動きに関する視覚的な入力情報を,自身の身体部位と対応づけたうえで,運動として出力する必要がある。この過程を視覚-運動マッチングという。
モデルと同一の行動が観察個体に形成される行動の伝播は,さまざまな場面に見られるが,模倣とは異なる過程によって説明される場合も多い。一つは社会的促進social facilitationである。社会的促進とは,他個体の存在が,観察個体のある種の行動の生起頻度ないしは動機づけを上昇させる過程である。これによって観察個体に,「結果として」,当該刺激に対するモデルと同一の行動が形成されることがある。局所促進local enhancement,刺激促進stimulus enhancementは,モデルの行動が向かう場所あるいは刺激に,観察個体の注意が喚起される過程である。これもまた社会的促進と同様に,結果として,観察個体にモデルと同じ行動が形成されることに寄与する。社会的促進や局所促進・刺激促進いずれの過程においても,観察個体の行動は,試行錯誤学習によって形成されており,モデルの行動自体の観察によって形成されたものではない。これら社会的促進や局所促進・刺激促進は,模倣と排他的関係にあるわけではない。模倣が生じるためには,これらの促進過程が寄与することは明らかである。
模倣と社会的促進や局所促進・刺激促進を実証的に分離するために用いられる実験手続きとして2反応法two action methodがある。ある一つの刺激に対し,二つの異なる行動いずれを用いても目標達成可能な状況を設け,観察個体がモデルと同じ行動を示すか否かを検証する手続きである。たとえば,ノブを押しても,引いても開けることができる扉に対し,モデルが一方だけの方法で扉を開けた場合,観察個体がモデルと同じ行動を示すかを調べる実験がある。観察個体が,初発の反応からモデルと同じ行動を示す場合には,模倣が支持される。一方,観察個体はノブに向かう行動を示すが,モデルと同じ行動を必ずしも示さない場合には,局所促進・刺激促進によって説明される。
【知識の伝播】 観察個体が,ある刺激へのモデルの行動とその結果を観察し,モデルの行動そのものではなく,それら因果関係を学習することを観察学習observational learning,observation learningという。観察学習は,観察個体がモデルと同一の行動を示すとは限らない点で模倣とは異なる。たとえば,ある刺激に対するモデルの行動が嫌悪的な結果をもたらした場合,これを観察学習した個体は,モデルと同一の行動をむしろ避けるようになる。観察学習は広義には,観察による学習全般を意味する社会的学習と同義の用語として使われることもあるが,本来はここに述べたように,他個体の行動とその結果を観察によって学習する過程を意味する。
モデルの行動とその結果を観察した個体が,モデルとは異なる行動(あるいは,完全には一致しない動作)によって,同じ結果を再現することをエミュレーションemulationという。ウッドWood,D.(1988)によって導入された概念であり,その後,トマセロTomasello,M.(1990)によってヒト以外の動物の観察学習にも適用されるようになった。エミュレーションは,刺激が行為者からどのように動かされたのかという,刺激に視点をおいた観察学習と解説されることもある。しかし,モデルが存在することなく,刺激が遠隔操作的に動かされ,ある結果をもたらすような,社会的に不自然な条件下では,観察学習はほとんど生じないとされる。これは,エミュレーションにおいて,観察個体が,単に刺激の動きとその結果だけを観察しているのではなく,それを引き起こす行為者としてのモデルの存在が必要であることを意味している。
【協力行動cooperative behavior】 共通の目標を達成するために複数の個体が参加し,行動することを協力行動という。得られる利益は複数の参加個体に配されるため,各個体は,他個体のために行動コストを払っている性質があることから,利他行動に含まれる概念である。双利行動ともよばれる。ヒト以外の動物を用いた実証研究においても,2個体が同時にヒモを引く行動の学習など,協力行動の学習が検証されている。協力行動の学習には,他個体と行動を協調させること,あるいはいかなる条件において,いずれの他個体と協力するかという点が重要になる。
利他行動を供する個体にとって即時的な利益がないものの,別の機会に当該の受け手個体から「お返しとして」利益を受けるような,継続的な相互の関係によって維持される協力を互恵的利他行動reciprocal altruismという。トリバースTrivers,R.L.(1971)によって提唱された社会生物学の概念であり,非血縁個体間の協力行動を説明するメカニズムとして,ヒト以外の動物においても広く用いられている。互恵的利他行動の形成には個体認識が不可欠である。また,利他行動に払ったコストと,時間的な遅延を伴って得られる見返り報酬の評価に関する心理・神経メカニズムは未解明である。 →教授学習
〔伊澤 栄一〕
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