神話(政治学)(読み)しんわ(英語表記)myth

翻訳|myth

日本大百科全書(ニッポニカ) 「神話(政治学)」の意味・わかりやすい解説

神話(政治学)
しんわ
myth

近年の政治研究においては、集団、制度、運動、過程といった政治の客観的現実と並んで、政治の主観的側面、つまり政治意識や政治文化の研究が盛んに行われている。そうした研究のなかで、「政治的神話」という概念やテーマが取り上げられ、関心をひくようになった。

 政治的神話とよばれるものは、政治に関するイデオロギー信念体系虚偽意識偏見固定観念など、政治意識の基底をなす政治的価値観・世界観、あるいは根本的なものの考え方を、全体として構造的に把握するために用いられる概念であり、政治意識の合理的部分よりも、非合理的・超合理的部分をさすことが多い。

 政治意識や信念が政治的神話として論ぜられることの利点は、従来の宗教学、文化人類学、民俗学、言語学、社会心理学などにおける神話研究の豊富な成果を援用して、政治における意識、信念、イデオロギーなどの解明に光を投げることができるという点にある。

 その際とくに問題となるのは、合理的思考と非合理的思考の関係、信念と行動の関係などであり、また個人や集団や事件・できごとなどが神聖視され神話化されて政治的意識の根底となる過程、つまり「神話作り」mythopoeiaの過程である。こうしてひとたび神話ができあがると、それは儀式、宣伝、教育などを通して伝播(でんぱ)され、権力の維持、強化、変更などに影響を及ぼす。政治の世界では、人間がたやすくカリスマ化、神格化され、また国家や権力に後光を与える守護神がつくりあげられる。政治の世界では絶えず新たな神や英雄の神話作りが行われるとともに、現存の体制、制度、法律、権利などが既存の神話によって神聖化、絶対化され、その権威づけや正当化が行われる。こうした神話による権威づけのために用いられる手段が、政治的儀式である。宗教もまた多分に神話的側面をもつから、宗教的儀式=祭り事と政治的支配=政(まつりごと)とは不可分のものとされる。近年における神話と儀式との関係に関する研究が、政治的儀式の意義と機能の解明に大いに役だっている。儀式によって神話は現実化され、確認され、活性化する。逆に神話は儀式を意味づけ、神聖化する。近代的合理主義が政治を制度の効率や技術的合理性の観点からのみ考えようとするのに対する反動として、人々は、政治において神話と儀式を求め、政治を合理的判断の問題とするよりも、むしろ政治に情熱ロマンと決断を求め、新たな帰依(きえ)の対象を欲する。現代の政治はこの意味でまさに神話と技術、合理と非合理の複合体であり、制度と儀式の体系であるといえよう。神話と儀式は、政治的実践への原動力を創出するが、神話がとくにその機能を発揮するのは、社会が危機的状況にあり、現実があいまい、多義的で、明確な認識がなしえないような場合である。危機は決断と行動を求め、混沌(こんとん)たる現実は方向づけを必要とする。そうした要求に神話はこたえ、行動への原動力と方向づけを提供する。

 神話は、これを共有する者の間に一体感を与え、集団的統一と連帯を強化する。こうしたところから、神話には集団的無意識や本源的魂が体現されていると説く者もみられる。あるいはまた神話は、その比喩(ひゆ)力、象徴力、ドラマ化の能力において、科学的思考よりもはるかに自由かつ強力であり、人に訴えるものをもっているから、集団が当面する矛盾や反対を克服する機能を発揮するという指摘がなされる。

 ところで、政治における神話の事例としてしばしばあげられるものに、サンジカリストの「ゼネストの神話」(G・ソレル)や、「20世紀の神話」(A・ローゼンベルク)にみられるようなナチスの人種神話や、「プロレタリアートの勝利」や「階級なき社会」(マルクス)などの共産主義神話などがあるが、民主主義の基礎をなす「人民主権」や「人は生まれながらにして自由である」といった人権思想もまた神話に根ざしているといえるであろう。神話は事実または真実に合致するかどうかよりも、それを信ずる者には「真実よりも真」であることに意義がある。

[飯坂良明]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例