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神道修成派 しんとうしゅうせいは

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

神道修成派
しんとうしゅうせいは

教派神道 13派の一つ。 1876年新田邦光 (1829~1902) が創始。修成派という名は『古事記』の「此の漂へる国を修理固成」に基づく。人はアメノミナカヌシノカミ,タカミムスビノカミ,カミムスビノカミの寵愛を受け,純粋至善の心魂をもって生れたものであるから,それを愛養保存し,修理固成し,さらにアマテラスオオミカミの光華明彩の徳にのっとって,公明正大,かつ天壌無窮の発展の意義を悟って国体の尊厳を讃し,もって安心にいたると説く。第1代管長新田邦光が没して長男邦貞,邦貞の3男邦達が管長をつとめ,そのあとを邦夫が継いだ。本部は東京都杉並区松庵にある。神道修成派が他の神道諸派と異なるところは祠宇を多く有することである。

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デジタル大辞泉の解説

しんとう‐しゅうせいは〔シンタウシウセイハ〕【神道修成派】

教派神道の一。明治9年(1876)に新田邦光(にったくにてる)を教祖として一派独立。儒教神道の折衷的教義を形成。教庁は東京都杉並区。修成派。

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百科事典マイペディアの解説

神道修成派【しんとうしゅうせいは】

教派神道の一つ。新田邦光(くにてる)〔1829-1902〕が1873年修成講社を結集したのに起こる。修理固成,光華明彩の8字を教旨とする。教庁は東京都杉並区松庵3丁目。
→関連項目神道大教

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大辞林 第三版の解説

しんとうしゅうせいは【神道修成派】

神道十三派の一。新田邦光くにてるが創始。1876年(明治9)に独立。造化の三神を尊信し、三神より受けた心魂こそ一身の根本であるから、これを愛養保存・修理固成することが大切だと説く。山岳信仰の講社を基盤としている。修成派。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

神道修成派
しんとうしゅうせいは

神道教団。旧教派神道神道十三派の一つ。新田邦光(にったくにてる)(1829―1902)を教祖とする。四国阿波(あわ)(徳島県)の武士であった邦光が、明治維新後宗教活動に専念し、1873年(明治6)に修成講社を結成したのが始まり。1876年には神道修成派として、黒住(くろずみ)教とともに十三派のなかではもっとも早く一派独立した。『古事記』から引用した「修理固成」「光華明彩」の語が教えの根本を示す語として重要視され、また儒教倫理が教義に強く反映している。邦光の没後は、新田邦貞(くにさだ)、邦達(くにたつ)、邦夫(くにお)と管長職が世襲されている。とくに静岡県を中心に教会、信者の広まりがみられるが、大正以降教勢は伸びていない。本部は東京都杉並区松庵(しょうあん)。教会数63、教師数285、信者数1万1670(『宗教年鑑』平成26年版)。[井上順孝]

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世界大百科事典内の神道修成派の言及

【教派神道】より

…国家神道の形成過程で,国家の祭祀である国家神道(神社神道)と区別された神道系宗教の総称で,宗派神道,宗教神道ともいう。教派神道の独立公認は,1876年,神道事務局から別派特立を許された黒住(くろずみ)教,神道修成派に始まり,82年を中心に,1908年の天理教にいたる14教に及ぶが,そのうち神宮教は,1899年解散して神宮奉斎会となったので,教派神道十三派,神道十三派とよばれた。教派神道は,国家神道体制のもとで,仏教,キリスト教とともに,神仏基三教とよばれ,事実上の公認宗教の扱いを受け,各教の管長は,勅任官待遇であった。…

※「神道修成派」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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