改訂新版 世界大百科事典 「筆跡鑑定」の意味・わかりやすい解説
筆跡鑑定 (ひっせきかんてい)
複数の筆跡を比較・対照して,それらの筆者が同じであるか否かを鑑別すること。筆者識別ともいう。文字の外形,部分の構成,配字,筆順,字画,形態,字画構成,運筆状態,筆圧などに現れる筆跡個性や,誤字,誤用,仮名づかい,あるいは表記方法などを分析し,それらを総括して筆者の異同識別を行う。筆跡鑑定では,個人内に固定化している筆跡個性が繰返し現れることを筆跡の恒常性といい,固定化した筆跡個性が他人のものと異なっていることを筆跡の希少性というが,それらの存在が前提となって鑑定が行われる。形態分類的な分析方法と計測的な分析方法が並用され,標準字体を尺度とした検査が進められる。恒常性や希少性の検討は推計学的方法によって確かめられた筆跡データに基づいて行われる。筆跡鑑定では,比較・対照する筆跡の字体と書体が同じであることが必要で,それらが異なる場合は鑑定が困難である。実務上は筆跡間の相同性と相違性を追求するための体系の技術として存在するが,学問的には筆跡と書字運動の一部が文字として固定化したものとしてとらえた研究が進められている。筆跡の鑑定は,安土桃山時代に豊臣秀次から〈古筆〉の苗字を与えられたと伝えられる古筆見(古筆家)古筆了佐が〈古筆手鑑〉との対照によって筆跡の真偽や作者を見分けたのが始まりといわれる。それが代々引き継がれ,明治に入ってからも裁判所用の鑑定は師匠から免許皆伝を受けた古筆了悦,古筆了仲らの古筆家によって行われている。
犯罪捜査に筆跡鑑定が利用されるようになったのは,警視庁の技師金沢重威がヨーロッパ留学から帰ってからで,1923年のことである。警察界における筆跡鑑定は第2次大戦後になって広く世に知られるようになったが,現在の筆跡鑑定は法科学の一分野として位置づけられ,自然科学的方法を採用しているのが特色で,近年ではコンピューターによるパターン認識を取り入れ,一部では筆者自動識別システムも開発されている。
執筆者:吉田 公一
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報