ドイツ観念論哲学の大成者とされるヘーゲルの主著の一つ。本書はヘーゲルの体系的思想の出発点ともいうべき著作であり、彼の初期思想および以後の体系期の思想のいっさいを包括しているともいいうるほど、内容豊かな著作である。1807年イエナで出版された。本書は初め『意識の経験の学』という表題で書き進められたが、のち『精神現象学』の題名に変更された。
全体は、「意識」「自己意識」「理性」「精神」「宗教」「絶対知」の6章からなる。ヘーゲルは本書において、客観的な諸対象および主観的な意識の典型的なあり方のいっさいを「弁証法的に」たどる。それによって、対象と意識とが究極的に統一され、一つの全体を形成し、この全体において無限な生命としての「絶対者」、すなわち「精神」が、現象することを証示する。この証示の過程はまた、われわれが「絶対者」と不可分に一体であることを経験する道程でもあるのである。ヨーロッパ哲学史上で、今日に至るまで大きな影響を与えている有数の古典の一つとなっている。
[高山 守]
『金子武蔵訳『精神の現象学』上下(1971、79・岩波書店)』▽『樫山欽四郎訳『精神現象学』(『世界の大思想 ヘーゲル』所収・1973・河出書房新社)』▽『金子武蔵著『ヘーゲルの精神現象学』(1973・以文社)』▽『W・マルクス著、上妻精訳『ヘーゲルの「精神現象学」』(1981・理想社)』▽『R・ノーマン著、宮坂真喜弘訳『ヘーゲル「精神現象学」入門』(1982・御茶の水書房)』▽『加藤尚武編『ヘーゲル「精神現象学」入門』(1983・有斐閣)』
1807年刊のヘーゲルの主著の一つ。感覚という意識のもっとも低次の段階から,経験を通じて,精神が〈絶対知〉に達する過程を描く。意識が,外からの知識を用いずに,自分で自分を吟味し,真理そのものをとらえる地点にまで高まることを示して,人間知の限界を,知の外部に立てる〈彼岸性〉の立場を根本的に乗り越えようとしたもの。意識の経験の歩みの中には,自然法則,社会法則のみならず,宗教も組みこまれ,人間精神の全体が自己確証を果たす。絶対者,実体は体系的論述によってはとらえられないというF.H.ヤコビのスピノザ主義批判を反駁するため,ヘーゲルは体系を可能にする基本的テーゼとして,実体=主体説を打ち出す。真なるもの,絶対者,実体は,現実世界の〈精神として現象〉し,学的体系の内に自分を現すが,自分をそのようにして,他者(認識する主体)に与えても,それによってなお,自己を失ってしまう静的実体ではなく,自己啓示的主体である。ヘーゲルは,自然が精神によって征服されるという観念論の立場,精神が共同精神として世界に現実化されるという,共同体における個と普遍の調和の実現という立場をよりどころにして,学的体系展開の真理性を保証しなければならなかった。その結果,哲学体系への導入となるべき本書に,体系の実質的内容が大幅に持ちこまれることになり,叙述は多くの点で混乱している。本書の文献学的研究には今後をまつ点が多い。
執筆者:加藤 尚武
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…マッハの提唱した〈現象学的物理学〉は,原子とか原因・結果といった形而上学的な概念を排除し,感覚的経験に与えられる運動の直接的記述から出発して,それらの記述を相互に比較しながらしだいに抽象度の高い概念を構成してゆくというしかたで,物理学理論を根本的に組みかえることを企てるものであった。一方,物理学におけるこうした用法と並行して,狭義の哲学の領域においてもこの語は,当初は形而上学の予備学としての〈仮象〉の理論を指すために使われていたが(J.H.ランバート,カント),やがてヘーゲルの《精神現象学》(1807)によって哲学史の表舞台に姿をあらわすことになる。ヘーゲルにあっては,現象学はもはや仮象の理論ではなく,感覚的経験から絶対知へと生成してゆく精神のそのつどの現れ(現象)をその必然的な順序において記述する作業を意味した。…
…精神の有限な形態が,自分を有限なものとして知るという自己認識が,絶対者への道程となる。有限な知から絶対知への〈意識の経験の歩み〉を叙述するのが《精神現象学》(1807)である。イェーナがナポレオン戦争の戦火にみまわれ,大学が閉鎖されるなどの事態となり,ヘーゲルは一時,新聞の編集者となるが,やがてニュルンベルクのギムナジウムの校長となり(1808),40歳にして,20歳のマリー・フォン・トゥヘルと結婚する。…
※「精神現象学」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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