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納屋衆 なやしゅう

6件 の用語解説(納屋衆の意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

納屋衆
なやしゅう

室町時代末期,海岸,港湾に建てた納屋をもって倉庫貸付業などを営む富商。納屋貸衆ともいう。問丸問屋と同じであろう。堺の納屋衆が著名。納屋とは,物を納めておく小屋,この場合には品物を納めておく倉庫をいう。

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デジタル大辞泉の解説

なや‐しゅう【納屋衆】

室町時代、海岸に倉庫を持ち、それを貸し付けていたの豪商。その中から選ばれた者が市政を執った。

出典|小学館
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百科事典マイペディアの解説

納屋衆【なやしゅう】

室町時代から織豊期にかけて,主に海岸などに設けられた倉庫(納屋)を所有し,これを貸して蔵敷料をとった問丸。廻船業・金融業などを営み,また対外貿易にも関係し,中世の都市において豪商となる者も多かった。

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世界大百科事典 第2版の解説

なやしゅう【納屋衆】

中世から近世に,海浜に商業用倉庫を設け,これを貸しつけて利潤を得ていた問屋(といや)で,納屋貸衆とも呼ばれた。その中のおもなもの10人をとくに納屋貸十人衆といい,中世,堺で指導的地位をもっていた。この納屋衆は後には会合(えごう)衆とも呼ばれ,堺の自治的共同体組織をつづけて指導していた。しかし,堺の豪商はほとんど政商であったため,政権の変動によって会合衆にも変化があった。堺海会(かいえ)寺の僧が記した1484‐86年(文明16‐18)の《蔗軒(しやけん)日録》には会合十人衆として,湯川宣阿,同新兵衛,富那宇屋(ふなうや)宗元,三宅主計(かずえ),和泉屋道栄,湯川新九郎,同助太郎などの名がみられる。

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大辞林 第三版の解説

なやしゅう【納屋衆】

室町末期から安土桃山時代にかけて、納屋を所有し賃貸によって利益をあげていた堺の豪商。のちには会合えごう衆ともよばれ、町政を取り仕切った。

出典|三省堂
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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

納屋衆
なやしゅう

中世末から近世初頭にかけて、海浜に納屋とよばれる海産物などを保管する倉庫を設け、これを貸し付けて利潤を得ていた堺(さかい)の富裕な商人。納屋貸衆ともよばれる。『糸乱記(しらんき)』によれば、それらのなかでも「頭(かし)ら分」にあたる人々を十人衆と号して、公事(くじ)訴訟などの町政を取り仕切ったとされ、また、その本名とは別にすべて納屋と名のったという。この納屋貸十人衆が、都市の自治運営にあたって指導的役割を果たしたとされる会合(えごう)衆と考えられている。茶人として著名な千利休(せんのりきゅう)は幼名を納屋与四郎とよばれ、また、武野紹鴎(たけのじょうおう)の女婿(じょせい)で、織田信長や豊臣(とよとみ)秀吉の茶頭(さどう)を勤めた堺の豪商今井宗久(そうきゅう)は納屋宗久ともよばれ、いずれも納屋衆の出である。[小林保夫]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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世界大百科事典内の納屋衆の言及

【堺[市]】より

…堺の商人を中心とする町民たちは,領主が弱体化したことを利用し,その経済的な富を基盤として,納屋貸十人衆を代表とする地下請(じげうけ)を行い,町内の公事(くじ)訴訟の決裁も十人衆が行うというような自治的な団結組織をつくり,都市自立の態勢を強化した。この自治的共同体組織を指導したのは納屋衆あるいは会合衆(えごうしゆう)と呼ばれる門閥的な豪商たちであった。町民たちは市街を兵火から守るため,南,北,東に濠をめぐらして町を囲み,傭兵隊を置き一種の要塞都市をつくりあげた。…

※「納屋衆」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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