政商という言葉は,かなりあいまいで必ずしも厳密な学問的規定をうけているとはいえない。一般的には,政府と結びつきの強い特権商人をさす場合が多く,戦前のみならず,現在でも使われることがある。日本では歴史的には,幕末・維新期ないしは日本資本主義形成期において,明治政府の特権的な保護政策を背景にして資本蓄積を行った豪商=特権的商人ないしは〈前期的な商業資本〉をさすのがふつうである。とくに通常,戦前日本資本主義における後進国的性格を示すものとして,〈政商→財閥〉という転化形態あるいは転化過程が設定されることが多い。それゆえ,たとえば,三井,三菱といった〈政商〉が人格的表現に重点をおく考え方だとすれば,むしろその〈前期的な商業資本〉の運動形態に着目して〈政商資本〉と表現・記述される場合もある。
さて,山路愛山が〈最初の明治政府,ことにその中心の人格たる岩倉,大久保諸公が国家自ら主動の位置を取りて民業に干渉し,人民の進まぬ前に国家先ず進み,世話焼と鞭撻と,奨励と保護とを以て一日も早く,日本国を西洋の様に致したしと……しきりに人民の尻をたたき立てり。さてかように政府が自ら干渉して民業の発達を計るに連れておのずからできたる人民の一階級あり。我等は仮りにこれを名づけて政商という〉と説明しているように,いわば明治前期における殖産興業や官業払下げと〈政商〉の発生は密接に関連していたといえよう。
具体的には,財政的基盤の弱かった明治政府は,京都,大阪,東京に本支店をもつ三井,小野,島田などの政商に依拠し,逆に政商は官公預金取扱いや地租金納化に伴う貢米荷為替取扱いを通じて蓄積を進めたのである。さらに,これら幕末期以来の三都の為替方や巨大特権商人に加えて,岩崎,安田,五代,渋沢,浅野,大倉などに出身や在官経歴などの結びつきを通じて,事業の独占や助成金などの便宜を与えて,あらたに政商として成長するのを助長したともいえよう。と同時に,〈特殊的寄生地主的政商(三井,三菱,古河,藤田,田中,川崎,浅野等)〉の〈巨大財閥創出〉と山田盛太郎が指摘したように,〈政商〉は〈財閥形成の出発点たるべきもの〉と規定されるのがふつうである。とするならばさきの〈人民の一階級〉たる〈政商〉をむしろ〈政商資本〉=〈前期的(商業)資本〉として性格づけ,単に流通過程における〈譲渡利潤〉の抽出だけにとどまらず,19世紀末の東アジアにおける歴史的条件とも関連しつつ,この〈前期的(商業)資本〉が,ひとまず〈産業資本および近代的商業資本へ転化〉し,この段階を経過しながら〈独占体=財閥資本〉に転化していくべきものと考えたい。1880年代以降の鉱山業,造船業などの官業払下げを通じて政商(資本)から産業資本へ,さらに財閥(資本)=独占体へと転化を示していく。ただし,明治初期の政商のすべてが,財閥に転化したわけではなかったことは,いうまでもない。
→財閥
執筆者:加藤 幸三郎
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幕末・維新期ないしは日本資本主義形成期における明治政府の特権的な保護を背景にして、巨富を蓄積した豪商。その前期的資本としての運動形態に着目して、政商資本という場合もある。しかし政商とは、かならずしも厳密な学問的用語ではない。最近でも、時の政府や国家権力、あるいは政策なりに密接して利益を追求する個人ないし企業をさす場合が多い。明治初期の国家財政はきわめて弱体であったから、政府は政商からの献金や、広く流通過程におけるその独占的地位を利用せざるをえなかった。三井、小野、島田、鴻池(こうのいけ)などがその好例で、彼らは江戸(東京)、大阪、京都を拠点に、生糸や絹織物などの特産物、および年貢米や地租金納化に伴う貢租米などの売買などに活躍、官公預金取扱いなどにも関係して富を蓄積した。さらに、殖産興業や官業払下げの過程を通じて、運輸業、鉱山業などを拠点に、後の財閥形成の基盤をつくりだした。明治初期の政商から財閥に転化したものに、三井、三菱(みつびし)、安田などがある。
[加藤幸三郎]
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明治前期に,資本主義形成の担い手となることで特権を与えられ,資本を蓄積した実業家。江戸時代以来の豪商三井はさまざまな貨幣取扱業務を委託され,三井銀行(1876設立)は多額の官公預金の運用で成長し,三井物産(同年設立)は政府米・官営三池炭鉱石炭の輸出を担当した。高知藩事業とのかかわりで海運業に乗りだした岩崎弥太郎は,台湾出兵を機に政府の保護をうけ,郵便汽船三菱会社(1875設立)を組織し,外国汽船に対抗しつつ上海・沿岸航路を整備した。その他政商と目されるものに,安田善次郎・大倉喜八郎・藤田伝三郎・川崎正蔵・浅野総一郎らがある。政商の多くは明治中期以降,産業基盤をもつ財閥に成長していった。
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… こうして〈概則〉施行以前の高島炭鉱(1874年,払受人は後藤象二郎,のちに三菱へ譲渡)と施行後の広島紡績所(1882年,同広島綿糸紡績会社)を除き,1884,85年に経営内容の良い官営鉱山を除く政府投資の多額な諸鉱山(中小坂鉄山,小坂・院内銀山,阿仁銅山,大葛金山)を集中的に払い下げ,86年以降赤字の多い模範工場(愛知・新町紡績所など)の払下げがおこなわれ,工部省,内務省所管の工場が次々と払い下げられ,96年9月の佐渡金山・生野銀山(払受人,三菱)の払下げで終了した。〈概則〉の変更・廃止は特権的政商資本にきわめて有利であり,払下げの結果,三井(新町紡績所,富岡製糸場,釜石鉄山(田中長兵衛,のち三井財閥系となる),幌内炭鉱・鉄道(北海道炭坑鉄道,三井系),三池炭鉱(佐々木八郎,直後に三井に譲渡)),三菱(長崎造船所,佐渡・生野など),古河(院内・阿仁),浅野(深川セメント),久原(小坂),川崎(兵庫造船所)などの政商資本家が独占し,操業を開始する。払下げ価格は三池炭鉱と新町紡績所を除き興業費を下まわり,払受人は毎年の作業収益の一部をわずかな年賦払いにあて,立地条件と政府の資本投下の果実を受けとり,それにより政商資本家から産業資本家へ転化する基礎を固めるとともに,財閥資本への発展の契機となった。…
※「政商」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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