日本大百科全書(ニッポニカ) の解説
組織的犯罪処罰・犯罪収益規制法
そしきてきはんざいしょばつはんざいしゅうえききせいほう
組織的な犯罪に対処するため、組織的な犯罪の刑を加重し、また犯罪収益を規制する法律。正式名称は「組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律」(平成11年法律第136号)。1999年(平成11)8月18日に公布された(2000年2月1日施行)。
その後、2006年(平成18)には、犯罪被害者保護の観点から犯罪被害財産に係る犯罪収益について没収・追徴を可能とする法改正が行われ(改正法は2006年6月21日公布)、2007年には犯罪収益移転防止法(平成19年法律第22号。正式名称は「犯罪による収益の移転防止に関する法律」。2007年3月31日公布)の制定に伴って組織的犯罪処罰・犯罪収益規制法の(犯罪収益の)「疑わしい取引の届出」の諸規定(同法54条~58条)が犯罪収益移転防止法に移された。また、2014年の犯罪収益移転防止法改正(平成26年法律第117号)により「疑わしい取引」の判断方法の規定整備がなされた。さらに、2017年の組織的犯罪処罰・犯罪収益規制法改正(平成29年法律第67号。同年6月21日公布)では、第6条の2として共謀罪の処罰規定が新設された。
[川﨑英明 2017年10月19日]
組織的犯罪処罰・犯罪収益規制法の制定経緯
組織的犯罪処罰・犯罪収益規制法は、通信傍受法や(証拠の閲覧や証人尋問に際しての証人保護のための措置を規定する)刑事訴訟法一部改正とともに、組織的犯罪対策関連三法案の一つとして1998年(平成10)3月に国会に上程されたが、とくに通信傍受法に対する世論の強い批判のなかでいったん継続審議となった後、政治情勢の変化により翌1999年の第145回通常国会で可決成立をみた。三法案は法務大臣の諮問第42号に対する1996年9月の法制審議会の答申「組織的な犯罪に対処するための刑事法整備要綱骨子(案)」に基づいて作成された。諮問第42号は「最近における組織的な犯罪の実情にかんがみ、早急に、この種の犯罪に対処するため刑事の実体法及び手続法を整備する必要があると思われるので、(中略)その整備要綱の骨子を示されたい」というものであった。「組織的な犯罪の実情」とは、暴力団がかかわる薬物、銃器犯罪、暴力団の不正な権益の維持を目的とした各種犯罪や組織的形態の悪徳商法、蛇頭(じゃとう)などの外国人犯罪組織による集団密航犯罪、オウム真理教(現、Aleph(アレフ))の地下鉄サリン事件のような大規模な組織的形態のテロ犯罪等が市民生活の平穏と安全を脅かしているということであり、そうした犯罪に対する刑罰法規や捜査手段の法整備が必要だというのが組織的犯罪対策関連三法の立法趣旨であると説明された。
2017年改正による共謀罪規定の創設(組織的犯罪処罰・犯罪収益規制法6条の2)に際して、政府は、2000年に国連総会で採択された国際組織犯罪防止条約(パレルモ条約)を締結するためのテロ対策法だと説明し、従来の共謀罪法案よりも要件を厳格化した「テロ等準備罪」を導入するものだと説明した。これに対し、「テロ等準備罪」は犯罪遂行の計画を犯罪行為とする点で過去3度廃案となった共謀罪にほかならず、国際組織犯罪防止条約の趣旨とも整合しない等の批判が加えられた。
[川﨑英明 2017年10月19日]
組織的犯罪処罰・犯罪収益規制法の概要
第一に、組織的な犯罪の法定刑を加重している。すなわち、常習賭博(とばく)、賭博場開帳図利(とり)、殺人、逮捕監禁、強要、身代金目的略取、信用毀損(きそん)・業務妨害、威力業務妨害、詐欺、恐喝、建造物損壊の11類型の犯罪について、それらの犯罪行為が「団体の活動」(すなわち「団体の意思決定に基づく行為であって、その効果またはこれによる利益が当該団体に帰属するもの」)として「当該罪にあたる行為を実行するための組織により行われたとき」に、これを「組織的な犯罪」として、その法定刑を通常の場合の法定刑よりも加重している(同法3条1項)。たとえば、通常の殺人罪の法定刑(刑法199条)は死刑または無期もしくは5年以上の懲役であるが、組織的犯罪処罰・犯罪収益規制法は「組織的な殺人」の刑を死刑または無期もしくは6年以上の懲役と定めている。また、「団体」に「不正権益(団体の威力に基づく一定の地域または分野における支配力であって、当該団体の構成員による犯罪その他の不正な行為により当該団体またはその構成員が継続的に利益を得ることを容易にすべきもの)」を得させ、団体の不正権益を維持し、拡大する目的で上記類型の犯罪(ただし常習賭博、賭博場開帳等図利、詐欺の罪は除く)を犯した場合についても、同様に通常の場合よりも重い刑を規定している(組織的犯罪処罰・犯罪収益規制法3条2項)。「不正権益」とは暴力団のみかじめ料がその例であり、みかじめ料を支払わせるために行われる恐喝の場合、法定刑は1年以上の有期懲役(最長20年)である(通常の恐喝罪の法定刑(刑法249条)は10年以下の懲役であり、下限は1月である)。さらに、組織的な殺人と営利目的略取・誘拐について予備罪の法定刑を引き上げ(組織的犯罪処罰・犯罪収益規制法6条1項)、組織的に行われる一定の犯罪に係る犯人蔵匿罪等の法定刑を引き上げるなどしている(同法7条)。
第二に、同法6条の2が規定する共謀罪は、別表第4に掲げる277の犯罪について、それが(1)「組織的犯罪集団の団体の活動として」、(2)「犯罪の遂行を二人以上で計画」し、(3)「計画をした者」のいずれかが「資金又は物品の手配、関係場所の下見その他の計画をした犯罪を実行するための準備行為」をしたことが犯罪成立要件となっている。(1)の要件は一般の市民団体を排除せず、(3)の「準備行為」も法益侵害の危険を伴うことを要せず、散歩や航空券購入も包含しうる。なお、法務省当局者は国会審議において(3)は(処罰条件ではなく)構成要件だと説明している。
第三に、犯罪収益などを用いて株主等の地位を取得し、法人等の事業経営の支配を目的として株主等の権限を行使するなどして役員等の選任・変更などを行う行為(事業経営支配罪)や犯罪収益等の隠匿・収受行為の処罰規定を置いている(同法9・10・11条)。すなわち、マネー・ロンダリング(資金洗浄)の処罰規定である。犯罪収益等の隠匿・収受行為の処罰規定は麻薬特例法にすでに存在しているが、事業経営支配罪は麻薬特例法にはない新たな犯罪類型である。組織的犯罪処罰・犯罪収益規制法は、犯罪収益が犯罪組織の維持・拡大に用いられたり、新たな犯罪行為の資金として再投資されることを防止するために(これまで薬物犯罪の領域に限られていた)「犯罪収益等」の隠匿・収受行為の処罰範囲を拡張するとともに、さらに、犯罪収益等を用いて事業経営が支配され犯罪その他の不正行為のために事業経営が利用され、結果、正常な経済活動に不法な影響が及ぶことを防止するために、新たに事業経営支配罪を創設したわけである。マネー・ロンダリングの対象は「犯罪収益等」である。「犯罪収益等」とは同法2条2項に規定する、財産上の不法な利益を得る目的で犯した別表第1や別表第2の犯罪(67グループの犯罪)により得た財産等の4類型の財産・資金であり、これらの「犯罪収益」のほか、犯罪収益の果実として得た財産などの「犯罪収益に由来する財産」(以下、由来財産という)および犯罪収益や由来財産とこれらの財産以外の財産が混和した財産(以下、混和財産という)を含む(同法2条3・4項)。
第四に、「犯罪収益等」の没収・追徴に関する制度を整備している。すなわち、刑法の没収と追徴は有体物を対象としているが、「犯罪収益等」については、動産や不動産のほか金銭債権も没収・追徴の対象とし、由来財産や混和財産をも没収・追徴の対象としている(同法13条1項、16条)。これらは麻薬特例法なみに没収・追徴の対象範囲を拡張したものである。なお、当初は犯罪被害者に被害の原状回復を保障するため犯罪被害財産の没収・追徴を禁止していた(同法13条2項、16条1項)が、マネー・ロンダリングにより犯罪被害財産の追求が困難となった場合には没収・追徴の禁止規定がかえって犯罪者に犯罪収益を不法に維持させる結果となることから、2006年法改正により、犯罪被害者の犯人に対する損害賠償請求権等の行使が困難であると認められる場合などには、犯罪被害財産についても没収・追徴ができるものとした(同法13条3項、16条2項)。
さらに、「犯罪収益等」の没収・追徴の実効性を確保するために、起訴前にも、検察官または司法警察員の請求により裁判官が没収保全命令を発して財産処分を禁止することができるものとしている(同法23条1項)。
なお、金融機関等に対して、業務において収受した財産が犯罪収益等の疑いがあるときや取引の相手方が犯罪収益等の収受行為をしている疑いがあるときには、そのような「疑わしい取引」について金融監督官庁等への届出義務を課し、金融監督官庁から検察官への情報提供を求めていたが、これらの規定(同法54条~58条)は2007年の犯罪収益移転防止法の制定に伴い削除された。犯罪収益移転防止法は、それまで組織的犯罪処罰・犯罪収益規制法が定めていた「疑わしい取引」の届出義務を金融機関のほかリース業やクレジットカード業者にも拡大し、この届出を受けた行政庁を介しての捜査機関への情報提供についても規定している(犯罪収益移転防止法8条1項)。「疑わしい取引」か否かの判断方法は同法第8条2項が規定している。
[川﨑英明 2017年10月19日]
問題点
組織犯罪対策は必要だとしても、組織的犯罪処罰・犯罪収益規制法の規定には問題がある。
団体や組織という概念は刑法の明確性原理との関係でその曖昧(あいまい)性が問題となる。このことは「犯罪収益等」の概念にも妥当する。没収・追徴の対象となる「犯罪収益等」とは由来財産や混和財産にまで及ぶ概念であり、適法財産との限界確定が曖昧化せざるをえない点で、財産権の保障との矛盾をはらんでいる。
また、没収・追徴は付加刑であるが、没収・追徴のための起訴前保全命令制度は、有罪判決確定前に没収・追徴のための保全命令を発する制度である点で無罪推定原則と矛盾、抵触する。
さらに問題なのは共謀罪の規定である。共謀罪は、予備の前段階行為である計画(つまり共謀)行為を処罰する点で、刑罰権の発動を格段に早期化する。また、「計画」行為は黙示や関与者が個別につながっていく順次共謀の形態を含み、それ自体は犯罪行為としての客観的指標を備えておらず、「準備行為」もそれ自体は法益侵害の危険を要せず日常生活上の行為と識別困難であるために、処罰範囲が不明確であり処罰範囲の広がりを防ぐことができない。何より、共謀罪の捜査は人と人のコミュニケーションの内容を把握するものとならざるをえないために、通信や会話の盗聴やGPS位置情報捜査等の密行的監視的捜査や密室の追及的取調べと結び付く可能性が高い。共謀罪の創設に対して強い批判が国民各層から提起されたのは、共謀罪が内在するこうした人権侵害の危険を危惧(きぐ)してのことであった。
[川﨑英明 2017年10月19日]
『法務省刑事局刑事法制課編『基本資料集・組織的犯罪と刑事法』(1997・有斐閣)』▽『遠藤誠編著『解読・組織犯罪対策法』(1997・現代書館)』▽『高山佳奈子著『共謀罪の何が問題か』(2017・岩波書店)』▽『法学セミナー編集部編『共謀罪批判――改正組織的犯罪処罰法の検討』(2017・日本評論社)』