野党が「憲法で保障された通信の秘密を侵害する」と激しく反発する中、自民など与党の賛成多数で1999年8月に成立、翌2000年に施行された。裁判所の令状に加え、NTTなどの通信事業者立ち会いの上で、捜査機関が電話や電子メールなどを傍受することができる。対象犯罪は薬物、銃器などの4類型に限られていたが、16年の法改正で殺人、放火、窃盗など9類型が追加。暗号化された傍受データを復元する専用機器の導入や、通信事業者の立ち会いが不要となる規定も盛り込まれた。
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一定の組織的な犯罪を対象として、これら犯罪の実行に関連して行われる電話やメールなど、その伝送路に有線や交換設備を経由する電気通信の傍受を認めた法律。1999年(平成11)8月18日公布(2000年8月15日施行)の「犯罪捜査のための通信傍受に関する法律」(平成11年法律第137号)の略称。当初の対象犯罪は組織的な殺人、集団密航、薬物や銃器関連犯罪の4類型であったが、2016年(平成28)の改正(平成28年法律第54号)により対象犯罪が大幅に拡大され、また傍受の実施方法の合理化・効率化が図られた。電話やメール等の通信内容を通信当事者に無断で視聴する行為は文献や日常用語では盗聴とよばれてきたために、通信傍受法は盗聴法ともよばれる。
[川﨑英明 2017年10月19日]
通信傍受法案は、組織的犯罪対策関連三法案として、組織的犯罪処罰・犯罪収益規制法案や(証人保護措置を規定する)刑事訴訟法一部改正案とともに1998年3月、第142回通常国会に上程されたが、通信傍受法案に対して通信の秘密を保障する憲法第21条2項に抵触する等の世論の強い批判があったためいったん継続審議となった。その年の参議院選挙による政治情勢の変化のもとで、1999年の第145回通常国会で、自由民主党、自由党(当時)および公明党・改革クラブの三会派の共同提案による修正(通信傍受の対象犯罪を縮減し、令状請求権者や発付権者を限定するなどの修正案)のもとに、通信傍受法が可決された。
組織的犯罪対策関連三法案は法務大臣の諮問第42号に対する1996年9月の法制審議会答申「組織的な犯罪に対処するための刑事法整備要綱骨子(案)」に基づいて作成された。諮問第42号は「最近における組織的な犯罪の実情」にかんがみ「この種の犯罪に対処するため刑事の実体法及び手続法を整備する」ための「整備要綱の骨子」の提示を求めるものであった。「組織的な犯罪の実情」とは、暴力団等の犯罪組織がかかわる薬物や銃器の密輸や密売あるいは暴力団の抗争事件、蛇頭(じゃとう)のような外国人犯罪組織が絡む集団密航事件、オウム真理教(現、Aleph(アレフ))の地下鉄サリン事件のような大規模な組織的凶悪犯罪などにより市民生活と社会の平穏・安全が脅かされる状況にあるということであり、組織的犯罪に対して刑罰法規や捜査手段の充実整備を図る必要があるというのが組織的犯罪対策関連三法の立法趣旨とされた。
その後、厚生労働省郵便不正利用事件無罪判決(2010年9月10日)や同事件に係る大阪地検特捜検事の証拠改竄(かいざん)事件を契機に設置された法制審議会・新時代の刑事司法制度特別部会は、2014年7月9日、「新たな刑事司法制度の構築についての調査審議の結果」を採択した。この答申は「取調べへの過度の依存を改め(中略)証拠収集手段を適正化・多様化する」ことを目的に掲げ、一定の事件で被疑者取調べに録音録画制度の導入を提言する一方、「通信傍受の合理化・効率化」も提言した。この提言に基づき、2016年、傍受の対象犯罪の拡大と傍受の実施手続の合理化・効率化を趣旨に掲げた改正が行われた。
[川﨑英明 2017年10月19日]
通信傍受の対象犯罪は通信傍受法の別表第1と別表第2に列挙されている。別表第1の犯罪類型は、組織的殺人、薬物関連犯罪(所持・輸入・譲渡し等)、銃器関連犯罪(製造・輸入・所持・譲渡し等)、そして集団密航の4種類である。別表第2の犯罪類型は2016年改正で新たに対象犯罪とされたもので、爆発物取締罰則違反の罪、刑法犯の一部(窃盗や詐欺、逮捕・監禁等の日常的犯罪を含む)、児童買春・ポルノに係る行為規制等の法律違反の多数に及ぶ。
通信傍受は、数人の共謀によるものと疑う状況があり、以下の(1)~(3)のいずれかに該当する場合に、他の方法によっては犯人特定や犯行状況・内容の解明が著しく困難であるときに、裁判官の発する傍受令状により許容される(通信傍受法3条1項)。ただし、傍受の実施中に、傍受令状記載の犯罪以外の犯罪で別表第1もしくは別表第2または死刑もしくは無期もしくは短期1年以上の懲役もしくは禁錮にあたる罪に関連する通信を認めたときは、これらの犯罪関連通信も傍受することができる(同法15条)。これは別件盗聴ともよばれる。
(1)別表第1または別表第2に掲げる罪が犯されたと疑うに足りる十分な理由があること。別表第2の罪の場合は犯罪実行に組織性が疑われることが要件となる。
(2)別表第1または別表第2に掲げる罪が犯され、かつ、引き続き当該犯罪と一定の関係にある犯罪(当該別表犯罪と同様の態様で犯されるこれと同一または同種の別表犯罪、または当該別表犯罪の実行を含む一連の犯行計画に基づいて犯される別表犯罪)が犯されると疑うに足りる十分な理由があること。
(3)死刑または無期もしくは長期2年以上の懲役もしくは禁錮にあたる罪が別表第1または別表第2に掲げる罪と一体的にその実行に必要な準備のために犯され、かつ、引き続き当該別表犯罪が犯されると疑うに足りる十分な理由があること。
傍受対象となる通信は犯罪関連通信(当該犯罪の実行、準備または証拠隠滅等の事後措置に関する謀議、指示その他の相互連絡その他当該犯罪の実行に関連する事項を内容とする通信)である。(2)にあたる例は営業的に行われる覚醒(かくせい)剤の密売や銃器の輸入・販売のような事案であり、(3)にあたる例は無差別大量殺人計画のもとに大量の毒物が違法に製造されるような事案である、と説明されている。犯罪捜査は通常は犯罪の存在(過去犯罪)を前提とするが、通信傍受は、(2)や(3)の場合のように、過去犯罪と一定の関係性(連結性ともよばれる)をもち、これから発生すると予測される犯罪(将来犯罪・未発生犯罪)に関連する通信についても許容されるのである。これは、将来犯罪は犯罪の予防・鎮圧の行政警察活動の対象であり、過去犯罪は犯人と証拠を捜査する司法警察活動の対象だとする現行法の制度枠組みと矛盾する疑いがある。
通信傍受は裁判官のあらかじめ発する令状により行われる(同法3条1項)。令状発付の手続は他の強制処分よりも厳格で、令状請求権者は検事総長指定の検事または公安委員会指定の警視以上の司法警察員に限られ、令状発付裁判官も地方裁判所の裁判官に限られている(同法4条1項)。傍受令状には、被疑者の氏名、被疑事実の要旨、罪名、罰条、傍受すべき通信、傍受実施の対象とすべき通信手段、傍受の実施の方法および場所、傍受ができる期間等が記載される(同法6条1項)。傍受対象となる通信は電話その他の電気通信で、伝送路に交換設備があるか伝送経路の全部か一部が有線であるものに限られる(同法2条1項)。携帯電話やファックス、電子メール、LINE(ライン)(無料通信アプリ)も対象となる。傍受対象となる通信手段は発信元または発信先の番号や符号(電話番号やメール・アドレス等)により傍受令状で特定される(同法3条1項、6条1項)。傍受が許されるのは令状で特定された通信手段で授受される犯罪関連通信であるが、犯罪関連通信に該当するかどうかを判断するための傍受が必要最小限の範囲で許される(同法14条1項)。該当性判断のための傍受はスポット・モニタリング(断続的に短時間の傍受を繰り返す方法)により行われるが、犯罪関連通信に該当するかどうかは通常は通信内容全体を視聴してみなければわからないから、電話やメールによる通信の場合などは通話内容がほぼすべて傍受されると予測される。ここが憲法第35条が要請する、令状における差押物の特定との関係で問題となる。
通信傍受が許される期間は10日以内の期間で令状で定められる(同法5条1項)。裁判官の許可により最大30日間まで延長できる(同法7条1項)。特別の事情があるときは、同一被疑事実について再度の通信傍受が可能である(同法8条)。
[川﨑英明 2017年10月19日]
通信傍受の実施方法は4種類ある。
従来は、通信事業者等の施設において、通信事業者等の協力を得て傍受用機器を通信設備に接続し、スポット・モニタリングの手法により通信を同時的に傍受するという方法(以下、第1類型という)であった(通信傍受法11条以下)。この場合、通信事業者等が傍受に立ち会う(立会人がいない場合は、地方公共団体の職員が立ち会う。同法13条1項)。
第1類型の方法だと、立会人の確保等の点で捜査機関の手間や通信事業者等の負担が大きく、捜査機関の待機時間も長くなって非効率だという理由から、2016年改正により新たに3種類の実施方法が導入された(施行は2019年6月1日)。第一は、捜査機関が通信事業者等に命じて全通信を暗号化して一時的に保存させ、その後に通信事業者等の施設において、通信事業者等に復号させて捜査機関が通信内容を視聴するという方法(以下、第2類型という)である(同法20条~22条)。第二は、捜査機関が通信事業者等に命じて全通信を暗号化させて警察署等の捜査機関の施設に設置された電子計算機(伝送された暗号化信号について一時的保存や復号化の処理等を行う所定の機能を備えた電子計算機―同法23条2項)に伝送させたうえで、捜査機関が警察署等において受信と同時に復号して通信内容を視聴する方法(以下、第3類型という)である(同法23条1項1号)。第三は、警察署等に設置された電子計算機に伝送されてきた全通信を(第2類型の場合と同様に)一時的に保存したうえで、その後に、捜査機関が警察署等において復号して通信内容を視聴する方法(以下、第4類型という)である(同法23条1項2号)。
第3類型と第4類型の場合、捜査機関は警察署等において、通信事業者等の第三者の立会なしに傍受することになるために、傍受は完全な秘密処分となる。第2類型や第4類型の場合、犯罪関連通信か否かを問わずいったんは全通信を保存することとなるので包括的差押となり、憲法第35条に違反するのではないかという問題がある。これらの点には法制審議会特別部会で激しい意見対立があった。
[川﨑英明 2017年10月19日]
傍受の実施後の手続は4類型に共通である。
傍受した通信はすべて記録媒体に記録し(同法24条・26条1項)、記録媒体(「傍受の原記録」という)は傍受令状を発付した裁判官所属の裁判所の裁判官に提出しなければならない(同法25条4項、26条4項)。捜査機関は、傍受実施の開始、中断、終了の年月日時等を記載した傍受実施状況報告書を作成して上記の裁判官に提出しなければならない(同法27条、28条)。また、捜査機関は刑事手続で利用するために、「傍受の原記録」から無関係通信等を消去して「傍受記録」を作成しなければならない(同法29条)。「傍受記録」に記録された通信の当事者には傍受の実施を開始した年月日等の所定の事項が捜査機関から通知される(同法30条1項)。通信当事者は正当な理由があれば原記録保管裁判官に請求し、許可を受けて「傍受の原記録」を聴取・閲覧等することができる(同法32条1項)。傍受令状発付の裁判や捜査機関がした通信傍受の処分に対して不服がある者は、その取消または変更を求めて管轄裁判所に対して不服申立ができる(同法33条1・2項)。傍受記録に記録されなかった通信の当事者には通信が傍受された事実は知らされないのである。
[川﨑英明 2017年10月19日]
政府は毎年、傍受令状の請求・発付の件数、その請求・発付に係る罪名、傍受対象通信の種類、傍受を実施した期間、その期間の通信の回数等を国会に報告しなければならない(同法36条)。2002年から2015年までの通信傍受の運用状況をみると、傍受令状請求件数は計325件、うち令状発付件数は323件、傍受を実施した通信回数は総計で10万2342回、うち無関係通信の回数は8万3874回となっている。傍受した通信中の82%が犯罪と無関係な日常的通信であって、それほどのプライバシー侵害であったという事態は深刻である。
[川﨑英明 2017年10月19日]
通信傍受法はその制定過程で世論の強い批判にさらされ、刑法学界でも賛否両論が激しく対立した。
批判の第一は、傍受対象通信を傍受令状で犯罪関連通信に限定したとしても、通信内容を知ることなしには犯罪関連通信かどうかを判定することはできないから、通信傍受を許容することは必然的に犯罪関連通信以外の適法な通信をも無限定に傍受することとなることである。このことは、通信をするかどうか、またいかなる通信をするかは通信当事者の意思次第であり、通信当事者間で通信内容は不断に拡大・発展するために、傍受すべき通信内容を事前に確定することは不可能であるという通信の本質的属性に根ざしている。そのために対象通信であるかどうかの判定も傍受を行う捜査機関の裁量的判断にゆだねられ、傍受対象が無限定に広がる危険性が大きい。この間の通信傍受法の運用状況がこのことを実証している。問題は、通信の本質的性格上、傍受対象の特定を求める憲法第35条の要請を通信傍受法が充足できないということにある。通信傍受法は違憲の疑いの濃い法律である。
批判の第二は、未発生犯罪関連通信の傍受を許容する通信傍受法は、行政警察と司法警察との峻別(しゅんべつ)を前提として、犯罪が犯されたとの嫌疑(過去犯罪の嫌疑)の存在を捜査権限発動の前提条件とする刑事訴訟法の原則に反することである。将来犯罪について捜査(通信傍受)を許容することは司法警察活動と行政警察活動を融合させ、強力な捜査権限の発動を曖昧(あいまい)、不確定な予測的判断にゆだねることとなって、権限濫用を招きかねない。司法警察と行政警察の機能・権限の融合が警察権の濫用を招いてきたことは歴史的教訓である。
批判の第三は、本質的に無限定化せざるをえない通信傍受は、犯罪と関連しない適法な通信をも監視の網に取り込んでしまう危険性が高いことである。このことが、処分の秘密性という通信傍受の本質的性格と相まって、通信手段が高度に発達した現代社会において、人々の自由なコミュニケーションを阻害し萎縮(いしゅく)させ、思想・表現の自由をも制約する危険を生じさせる。アメリカやイギリス、ドイツなどの先進諸国でも通信傍受は一定の限度で許容されてはいるが、通信傍受が行われる社会はけっして健全な社会とはいえないだろう。
なお、多方面から強い批判が加えられていた共謀罪(「組織的犯罪処罰・犯罪収益規制法」6条の2)が2017年6月21日に公布されたことで、近い将来、共謀罪を通信傍受対象犯罪に加える通信傍受法改正の問題が浮上する可能性がある。
[川﨑英明 2017年10月19日]
『法務省刑事局刑事法制課編『基本資料集・組織的犯罪と刑事法――国際的動向とわが国の状況』(1997・有斐閣)』▽『井上正仁著『捜査手段としての通信・会話の傍受』(1997・有斐閣)』▽『現代人文社編集部編『盗聴法がやってくる』(1997・現代人文社)』▽『小田中聰樹・村井敏邦・川崎英明・白取祐司著『盗聴立法批判――おびやかされる市民の自由』(1997・日本評論社)』▽『現代人文社編集部編『盗聴法がやってきた』(1998・現代人文社)』▽『奥平康弘・小田中聰樹監修、右崎正博・川崎英明・田島泰彦編『盗聴法の総合的研究――「通信傍受法」と市民的自由』(2001・日本評論社)』▽『川崎英明・三島聡・渕野貴生編著『2016年改正刑事訴訟法・通信傍受法条文解析』(2017・日本評論社)』
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