身体的・精神的諸特性についての個人ごとの差異をいう。個人差には「個人間差異」と「個人内差異」が含まれる。個人間差異は、身長・知能など個々の特性について個人間の比較をしたときにみられる差をいう。個人内差異は、同一個人について異なる特性間の比較をした場合にみられる差、たとえば身長が高いがそれに比べて体重はそれほど重くないというような特性間の差をいう。個人間差異はさらに集団差と狭義の個人間差異に分けられる。年齢別、性別、地域別、人種別などの集団と集団を比較すると、特性ごとに平均や分布の差がみられる。これを集団差という。個人間差異から集団差を差し引いたものが狭義の個人間差異である。
個人は独立した統一的存在である有機体の最小単位である。その個人のもつ独自性を個性という。個性は個々の特性に分解して比較するのではなく、全体的・総合的に理解・把握しなければならない。
[肥田野直]
その科学的研究は19世紀から始まった。天文学者F・W・ベッセルは1816年にグリニジ天文台の観測記録を調べているうち、1796年に同天文台助手の1人が観測の時間誤差が大きい(およそ0.8秒)ために解雇されるという事件に気づいた。この事実を研究した結果、観測者ごとに恒常的な誤差があることを発見し、個人差を表す式を個人方程式とよんだ。その後、F・ゴルトンは、遺伝研究のために身体的・精神的諸特性の計測法を考案した。さらにJ・M・キャッテルは1890年に個人差測定の方法を心理検査(メンタルテスト)と名づけた。さらに1905年にA・ビネーが知能検査を作成して以来、知能、適性、学力、興味、人格など各種の心理検査が作成されるようになった。また、個人差とその要因を研究する差異心理学はW・シュテルンによって1900年、11年、21年に体系化された。
[肥田野直]
個人差は、(1)分類して記号で表す、(2)一定の順序に並べて順位をつける、(3)任意の原点を定めて原点からの距離を一定の単位を用いて表す、(4)0(ゼロ)を原点として一定の単位で表すことができる。同一母集団についてパーセンタイル得点や標準得点(偏差値はその一種)で表す尺度が構成されている場合には、個人間差異だけでなく、個人内差異も比較できる。プロフィールやG・W・オルポートが提唱した心誌(しんし)は、個人内差異を明らかにするのに役だつ。
[肥田野直]
個人差を規定する要因として、遺伝要因と環境要因があげられる。この両者の影響力を分離して、明らかにすることは困難である。たとえば、先天的特性の個人差は遺伝的要因だけによるのではなく、これと胎内の環境要因の相互作用によるのである。しかし、同一または異なる環境の下で成長した一卵性双生児・二卵性双生児・兄弟姉妹の比較、親子間・里親里子間の比較などによる研究や、生物に対する遺伝子工学的研究は、個人差の要因の解明に貢献するであろう。
[肥田野直]
教育を受ける権利は基本的人権の一つであり、人種、宗教、性別、社会的身分、経済的地位にかかわりなく、等しくその能力に応じる教育を受ける機会が与えられなければならないとされている。しかしこれはすべての者に画一的な教育を与えなければならないということを意味しない。共通的な教育だけでなく、個人差に応じた教育を行うことによって、すべての者にそれぞれ固有な可能性を最大限に開発・実現させることができる。個人差に応じた教育としては、個人差に応じて学習時間を調整し完全習得に導く指導、個人別の治療指導、また適性処遇交互作用モデルに基づく指導などがある。
[肥田野直]
『三好稔著『差異心理学』(1951・金子書房)』▽『東京学芸大学教育研究会編『個人差に応ずる教育』(1955・学芸図書)』▽『岩井勇児・子安増生著『個人差の心理学』(1980・黎明書房)』
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
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