デジタル大辞泉
「肝細胞癌」の意味・読み・例文・類語
かんさいぼう‐がん〔カンサイバウ‐〕【肝細胞×癌】
出典 小学館デジタル大辞泉について 情報 | 凡例
肝細胞癌(肝腫瘍)
定義・概念・分類
肝癌は発生母地により原発性と続発性に分けられる.原発性肝癌は肝細胞由来の肝細胞癌(hepatocellular)と胆管細胞由来の肝内胆管癌(胆管細胞癌,cholangiocellularcarcinoma),混合型肝癌(combined hepatocellular and cholangiocarcinoma),肝芽腫(hepatoblastoma),未分化癌,胆管囊胞腺癌(bile duct cystadenocarcinoma),その他に分類される.肝細胞癌は原発性肝腫瘍の中では最も頻度が高い.わが国の最新の調査(2004~2005年)では肝細胞癌,肝内胆管癌はそれぞれ原発性肝癌全体の94%,4%を占めるが,ほかの肝腫瘍は全体の1%以下できわめてまれである.肝癌による年齢調整死亡率は男性では人口10万人あたり肺癌・胃癌についで第3位,女性では胃癌・肺癌・乳癌・大腸癌についで第5位である(2005年厚生省人口動態統計による).
原因・病因
肝細胞癌は主としてB型あるいはC型肝炎ウイルスに伴う慢性肝炎,肝硬変などの持続性壊死・炎症および線維化をベースに発癌をきたす肝細胞由来の悪性腫瘍である.日本ではC型肝炎に基づく肝細胞癌が多いため,その80~90%に肝硬変を併存している.しかしながら,B型肝炎およびC型肝炎ウイルス感染者から高率に発癌するということは逆にハイリスク群の設定が可能ということであり,結果として早期発見が可能であるというのも特徴の1つである.これはほかの臓器の癌腫にはない特徴の1つである.また,近年のスクリーニングシステムの確立および画像診断の進歩により多くの肝癌は小型で発見される傾向にある.また,従来より肝癌は東南アジアならびにアフリカに多い癌腫とされていたが,C型肝炎感染がヨーロッパや北米にも広がり,その結果,肝細胞癌は世界的にも増加傾向にあり,国際的に大いに関心が高まってきている.最近では治療法の進歩あるいは肝移植などの新しい手技の導入などにより,予後の改善が著しく5年生存率や10年生存率もかなり改善してきた.
最近,糖尿病や脂渇などの生活習慣病,非アルコール性脂肪性肝炎(NASH)などからの発癌も増加しており,その結果として非B非C肝癌が増加してきている.
C型肝炎においては,線維化の程度が軽いF1症例では年率発癌率0.5%,F2症例では年率1.5%,F3症例では年率3%,F4症例では年率7~8%の発癌率であり,線維化が強いほど発癌率が高くなる.一方,ALT,ASTなどが高い炎症の持続例ほど発癌率が高いことも判明している.
病理
肝細胞癌の病理肉眼形態は①小結節不明瞭型,②単純結節型,③単純結節周囲増殖型,④多結節癒合型,⑤浸潤型の5型に分けられる.組織分類は,①高分化型,②中分化型,③低分化型,④未分化型の4型に分けられる.組織構造については①索状型,②偽腺管型,③充実型,④硬化型の4型に分けられる.
早期肝細胞癌は慢性肝炎,肝硬変を示す肝臓の中に肉眼的に背景の肝構築を大きくは破壊していないが,結節として周囲より際立った病変として認識されるもののうち,結節内に門脈域の成分,および偽小葉間質が認められながら,細胞密度が増大し,腺房様あるいは偽腺管構造,索状配列の断裂,不規則化などの構造異型が領域性をもってみられ,ときに間質の浸潤を有するものを早期肝細胞癌として定義している.このような早期肝細胞癌は組織学的にもあるいは画像的にも診断が困難である.
病態生理
肝細胞癌は多段階発癌を示し,前癌病変から境界病変,早期肝癌を経て通常型肝癌へと至ると考えられている.そのうち,肝硬変に伴う大再生結節,low-grade dysplastic nodule(LGDN),high-grade dysplastic nodule(HGDN),早期肝癌の4つが前癌病変および境界病変・早期病変として位置づけられ,早期肝癌は典型的肝細胞癌の前段階の結節として理解されている.このうち,大再生結節は顕微鏡的には周囲肝組織と同様の組織像であり,LGDNは周囲肝組織に比して細胞密度の中等度の増大はあるが,構造異型はみられない結節,HGDNは細胞密度の高度な部分を有する結節である.早期肝細胞癌は細胞密度が,周囲肝組織の約2倍以上で,かつ脂肪化,淡明細胞化を伴うものである.早期肝細胞癌のこのような概念は日本から発信され,現在世界的に受け入れられている概念となっている.なお,LGDNはWHO分類の腺腫様過形成に相当し,HGDNは異型腺腫様過形成に相当する.
スクリーニング
2009年に改訂された「科学的根拠に基づく肝癌診療ガイドライン」ではB型肝硬変,C型肝硬変を肝癌の「超高危険群」と定義し,これらに対しては3~4カ月ごとの超音波検査と腫瘍マーカー(AFP,AFP-L3分画,PIVKA-Ⅱ)測定にてスクリーニングを行い,さらに6~12カ月ごとのダイナミック CTもしはダイナミックMRIをoptionalに行うことが推奨されている.また,①B型慢性肝炎,②C型慢性肝炎,③その他の原因による肝硬変を「肝癌の高危険群」と定義し,これらに対しては6カ月ごとの超音波検査と3種の腫瘍マーカー測定を推奨している.このスクリーニング法により肝癌は高率に小型で根治的治療可能な段階で検出する例が増加してきている.
臨床症状・身体所見
肝細胞癌は多くは進行癌になるまではほとんどは症状を有さない.通常は併存する肝硬変の症状や臨床所見を示す.
身体的所見としては肝硬変に基づく所見以外に腫瘍が著しく増大すると肝腫大,腫瘤触知,圧痛,動門脈シャントに伴う血管雑音が認められることがある.腫瘍による下大静脈の圧迫がもたらされると下肢のみの浮腫や腹壁の上行性の側副血行路がみられる.いずれにしてもこのような高度進行癌は肝癌全体の5%程度であり,典型的な進行肝癌の症状を呈する患者に遭遇することの方が少ない.
検査成績
進行癌では,LDH,ALP,γ-GTPなどの上昇がみられる.また肝細胞癌の腫瘍マーカーAFP,PIVKA-Ⅱ,AFP-L3分画のいずれかの陽性所見を認めることが多い.
診断
肝癌の確定診断は①B型肝炎ウイルス,C型肝炎ウイルス由来の慢性肝障害もしくは肝硬変の存在,②腫瘍マーカーの持続上昇傾向を伴う異常値,③典型的な画像所見,により確定診断される.早期肝癌の診断については画像診断にて可能な場合もあるが,多くの場合は生検診断が必須である.
画像診断による定期的スクリーニングにより肝癌は早期に発見されることが多くなってきている.約50%の肝癌が根治的治療の可能な段階(3 cm3個以下)で見つかることが多い.
1)超音波検査:
超音波検査は非侵襲的でかつ時間分解能,空間分解能にすぐれるため,直径数mm程度の腫瘤の検出も可能である.したがって,一般的に最初のスクリーニングには超音波が行われることが多い.その意味で肝細胞癌の早期発見には重要な役割を果たしている.ただし,Bモードの超音波検査のみでは鑑別診断が十分ではないため,造影CTやMRIなどを必要とする場合が多い.しかしながら,超音波のみにて典型的な像を呈せば肝細胞癌と診断される.その特徴的な超音波所見とは①モザイクパターン:腫瘍がさまざまな組織構造から構築されるために高エコー,低エコーなどの混合したモザイク状のエコーを呈する,②辺縁低エコー帯(ハロー,halo):肝細胞癌に特徴的な被膜構造を反映する所見(図9-12-1A),③側方音響陰影:腫瘍の側方に超音波ビームと平行してみられる音響陰影(これも被膜に基づくものとされている),④nodule-in-noduleパターン:1つの腫瘤内にさらに境界明瞭な結節がみられるパターン,⑤隔壁:腫瘤内にみられる隔壁様の線状構造,⑥進行癌の場合:門脈腫瘍栓や肝静脈腫瘍栓などがみられる,などである.従来,超音波検査はスクリーニングの時にBモードのみが行われることが多いが,カラードプラ検査を併用することにより結節内の血流も検出することが可能である.さらに最近では経静脈性造影剤(ソナゾイド)の登場により腫瘍の血行動態からみた鑑別診断能が向上し,CTやMRIと同等の確定診断能を有するまでになってきた(図9-12-1B,C,D).しかしながら,一回の静注検査により一,二結節のみの評価しかできないのが超音波の欠点である.ただし,結節内の血流検出感度はCTやMRIにすぐれるため,むしろ結節内血流の検出の点においては精密検査としての使われ方がなされている.超音波の欠点としては死角の存在,術者の技量に依存すること,手術後や肥満例では描出が不良となること,粗糙な肝実質エコーを示す場合には,小腫瘤を検出しにくい,などの問題点がある. 肝細胞癌は静注後速やかに結節内に動脈血流が周囲よりも早期にまた強く流入し,後血管相ではCTと同様にwash-outが起こり,post-vascular phase(後血管相)ではKupffer細胞に貪食されるため,肝細胞癌は欠損像として描出される.超音波造影剤としてはソナゾイドが使われる.ソナゾイドのpost-vascular phaseで欠損を示したものに対して再静注を行って診断するdefect re-perfusion imageによりスクリーニング,診断,治療支援などに威力を発揮する.
2)CT:
CTは単純CTでは肝細胞癌の診断意義はほとんどない.造影剤を急速静注し,8列,16列,あるいは64列の検出器を備えたmulti-detector raw CT(MDCT)によるダイナミックCTが通常行われる.ダイナミックCTでは動脈優位相で腫瘍は高吸収域,門脈優位相および平衡相では造影剤がwash-outされて低吸収域になることが特徴的な肝細胞癌の造影CT所見である(図9-12-2).しかしながら,腫瘍径2 cm以下においては早期肝細胞癌や前癌病変,境界病変も混じってくるため,門脈相や平衡相でのみで低吸収域として見られることがあり,このような場合にはさらに精密検査が必要である.
3)MRI:
肝細胞癌のMRI診断としては①単純MRI,②ガドリニウム造影剤によるダイナミックMRI,③陰性造影剤である超磁性体鉄造影剤を使ってKupffer細胞を有さない腫瘍を高信号域として描出するSPIO-MRI,④肝細胞膜のトランスポーター(OATP8またはOATP1B3)に取り込まれるGd-EOB-MRI,の4種類がある.典型的肝細胞癌はT1強調像で低信号,T2強調像で高信号を示し(図9-12-3),ダイナミックMRI所見では動脈優位相で高信号,門脈平衡相で低信号を示すことであり,ダイナミックCTとほぼ同様の造影パターンを示す.SPIO-MRIでは古典的肝細胞癌はKupffer細胞を有さず,周囲肝にSPIOが取り込まれるために肝癌は高信号領域として描出される.EOB-MRIはblood pool imageと20分以降の肝細胞相を両方撮像することが可能で血流動態とOATP8の機能の両方を診断できるきわめてすぐれたモダリティである.典型的肝細胞癌は動脈相で多血性,門脈平衡相でwash-outを示し,肝細胞相で欠損を示す(図9-12-4).早期肝細胞癌では乏血性を示すが,肝細胞相では信号低下(欠損像)を示すのが特徴である.
4)血管造影:
肝動脈造影では肝動脈のかなり末梢側まで選択的にカテーテルを挿入する超選択的肝動脈造影が広く行われている.肝細胞癌は早期肝癌を除き,動脈血支配であるため,ほかの腫瘍との鑑別診断・進展度診断に血管造影は有用である.また経動脈性門脈造影により門脈浸潤の有無の診断が行われる.したがって血管造影は治療法の選択,予後の予測に重要な検査である.ただし,近年検出されるような小病変の検出や鑑別には血管造影のみでは限界があるため,術前評価の目的では動注CT(肝動脈造影下CT(CTHA),および経動脈性門脈造影下CT(CTAP))が行われることが多い.肝細胞癌の特徴的所見としては血管増生,動脈性腫瘍血管,腫瘍濃染,APシャント,門脈腫瘍栓内のthread and streak signなどがあげられる.
鑑別診断
胆管細胞癌,転移性肝癌との鑑別が重要であるが典型所見を呈した場合は,その鑑別は容易である.
合併症
進行すれば食道胃静脈瘤破裂,肝癌破裂による腹腔内出血,黄疸,腹水,肝不全などを伴うことがある.
経過・予後
肝細胞癌は肝内転移および多中心発癌が多いため5年での再発率は根治的に治療しても80%と高い.5年生存率は日本肝癌研究会追跡調査報告によるとステージⅠ 73.0%,ステージⅡ 59.7%,ステージⅢ 39.5%,ステージⅣA 21.4%,ステージⅣB 16.5%である.
治療・予防
肝細胞癌の治療法は腫瘍の進行度,肝予備能の2点を総合的に判断して決定される.図9-12-5に日本肝臓学会のコンセンサスに基づく治療アルゴリズム(2010年改訂版)を示す.日本にもう1つ存在する科学的根拠に基づく治療アルゴリズム(2009年改訂版)とは互いに矛盾しない治療方針であるが,前者はシンプルでエビデンスに基づくアルゴリズムであり,図9-12-5の方はより現実に則したアルゴリズムという違いがある.基本的には肝予備能,腫瘍径,腫瘍数,血管浸潤,遠隔転移によって治療方針が決定されることは同様である.
1)切除:
肝切除は肝機能が良好で腫瘍個数が単発,もしくは3個以内程度で辺縁に限局する場合に選択される.最も確実な治療法ではあるが侵襲が大きい点と,たとえ初回の局在病巣を完全に切除し得ても他部位への再発率は局所治療と変わらず,最終的な長期予後は単発小型の場合には局所治療法と大きくは変わらない.
2)ラジオ波焼灼療法(radiofrequency ablation:RFA):
超音波ガイド下にラジオ波焼灼のための凝固針を腫瘍内に挿入し,腫瘍を焼灼する方法である.RFAは450~480 kHzの長い波長の高周波を使用している.3 cm程度の腫瘍であれば完全に一回の焼灼で治療することができるため,現在経皮的治療の主流となっている.凝固針には内部冷却水還流下のsingle needleと展開針の二種類がある.RFAは経皮的のみならず腹腔鏡下,胸腔鏡下,術中にも行われることがある.
3)エタノール注入療法(percutaneous ethanol injection therapy:PEIT):
腫瘍径3 cm個数3病巣以内の場合が適応であり,超音波ガイド下に細径針を用いて腫瘍を穿刺し,99.9%エタノールを直接注入することにより,癌部を凝固壊死させる方法である.完全壊死が高率に得られるが,近年ラジオ波治療との比較試験でラジオ波治療の方がPEITよりも長期予後においてすぐれるとの結果が確認され,局所治療の中心はラジオ波に移行しつつある.
4)マイクロ波凝固療法(percutaneous microwave coagulation therapy:PMCT):
MCTはRFAよりも短い波長(2450 MHz)の高周波を使用して腫瘍を焼灼する方法である.RFAよりも凝固範囲は狭く,また合併症も多いため最近ではRFAの登場に伴い一部の施設や開腹術中のMCTを除き,あまり用いられなくなってきた.
5)経カテーテル肝動脈塞栓療法(transcatheter arterial chemoembolization:TACE):
Seldinger法によりカテーテルを腫瘍支配動脈に選択的に挿入し,通常リピオドールと抗癌薬を混和させた懸濁液を注入した後ゼラチンスポンジやジェルパートなどで塞栓して腫瘍を虚血壊死に至らせる治療法である.通常,門脈本幹ないし一次分枝に腫瘍栓がなく,難治性腹水や黄疸などの合併症がない症例が適応となる.多発病巣を有する症例に対しても適応となる.大型の肝癌に対してはTACEを行った後RFAを追加することにより治療効果が高まる.
6)放射線治療:
放射治療は骨転移などには疼痛緩和目的でよく行われる.原発巣に対しては肝障害が軽度で,単発で大きさ5~10 cm程度の腫瘍が肝内に限局して存在する場合に適応となる.リニアック照射が通常行われるが,陽子線や重粒子線などを用いた治療が最近試みられており,良好な成績を収めているが治療施設が限られているという難点があり,あくまで実験的治療の段階である.
7)動注化学療法(hepatic arterial infusion chemotherapy:HAIC):
門脈腫瘍栓を有するような高度進行肝癌に対して動注化学療法が行われている.肝癌診療ガイドラインでも治療アルゴリズムが4個以上の肝癌に対してはTACEと並んでこの動注化学療法が推奨されている.レジメとしてはシスプラチン(CDDP)と5FUを組み合わせるlow-dose FP療法および5FU動注とインターフェロン皮下注を組み合わせるインターフェロン併用5FU動注化学療法の2種類が主として行われている.また,頻回に経動脈性に動注を行うリピオドール TAIも行われている.
8)全身化学療法:
通常,殺細胞性の全身化学療法は標準治療としては行われず,試験的治療の域を出ない.しかしながら,近年登場した分子標的薬ソラフェニブは積極的に肝癌にも使用されている.ソラフェニブは血管新生に関与するVEGFやPDGFの受容体チロシンキナーゼと細胞増殖にかかわるMAPキナーゼ系のRAFを選択的に阻害することにより,抗腫瘍効果を発揮し,患者の予後の延長効果がある.ソラフェニブは①遠隔転移や脈管浸潤を伴う進行肝癌,および②TACEや動注化学療法に不応のChild-Pugh Aの肝癌患者が対象となる.
9)肝移植:
欧米では一般に肝癌の治療法として肝移植が定着しているが,日本では脳死肝移植は脳死ドナーの不足によりきわめて少ない.しかしながら,日本においては,生体ドナーによる生体肝移植が積極的に行われている.この点がごく一般の標準治療として脳死肝移植が行われている欧米との大きな差である.日本における生体肝移植は2005年の集計で3246例であり,うち肝癌に対する肝移植は479例(15%)である.この生体肝移植は肝癌の発生母地である肝硬変と肝癌を一度に治してしまうことのできるすぐれた治療法であり,日本における5年生存率は80%ときわめて良好である.
10)肝癌根治後のインターフェロン治療:
現在,肝切除やラジオ波治療後のC型肝炎患者に対してはインターフェロン治療によりウイルス排除を行うと予後が著明に改善することが知られているため積極的に行われている.また,たとえウイルス学的著効が得られなくともインターフェロンを比較的長期投与すると肝癌根治後の患者の予後が改善することも報告されており,現在一般診療として行われている.
定義・概念
まれな良性上皮性腫瘍で,正常肝細胞と類似した細胞からなり非硬変肝に発生する.20~40歳の女性に多く,女性では経口避妊薬,男性では蛋白同化ホルモンの長期服用に関連している.病理学的には,正常肝に発生し,多くは単発性で,比較的柔らかい.腫瘍径は1 cm前後から30 cmに及ぶ.割面は淡赤褐色~灰白色でほぼ均一な性状を示し,周囲肝組織との境界は明瞭で,大きな腺腫は薄い線維性被膜を有する.腫瘍内には門脈や胆管はなく,部分的に壊死あるいは出血巣などを認めることが多い.
原因・病因
経口避妊薬の服用との密接な関係や1型糖原病(von Gierke病)に合併することが報告されている.
疫学
日本ではきわめて少ないが,欧米では比較的多い.
診断
腫瘍内や腫瘍の破裂による腹腔内出血とそれに伴う腹痛で発見されることが少なくない. 腫瘍内出血のない場合は,超音波では内部均一な高エコー,造影CTや血管造影では均一はhypervascularな病変として描出される.腫瘍割面像は比較的均一で,線維性被膜を認めない. しかし,腫瘍内出血のある場合は,単純CTで高吸収域,MRIのT1強調像で高信号を呈する.若い女性で,しかもB型・C型の肝炎ウイルスが陰性で正常肝に発生した場合は,本疾患の可能性を考慮する.
鑑別診断
肝細胞癌および,肝限局性結節性過形成,もしくは血管筋脂肪腫などと鑑別を要する場合がある.特に肝細胞癌との鑑別は画像診断上は不可能である.
治療
経口避妊薬,あるいは蛋白同化ホルモンを服用している場合は中止させ,腫瘍出血がみられる場合は緊急外科的切除適応となる.悪性転化のサブタイプも存在するとされているため,生検にて肝細胞腺腫と診断されれば自然腫瘍破裂のリスクもあるため,基本的には切除の対象である.
(3)限局性結節性過形成(focal nodular hyperplasia)
定義・概念
WHO分類では腫瘍類似病変に分類され,20~50歳の女性で非硬変肝に表在性に単発し,長経5 cm以下の腫瘤としてみられる.病理学的特徴は中心に膠原線維からなる星芒状瘢痕(central scar)があり,周辺に向かう放射状の線維性隔壁により粗大結節性に区分されていることである.組織学的には細胞に異型性はなく,中心の瘢痕部には異常な壁肥厚を示す血管,炎症性細胞浸潤を伴う小胆管の増生をみる.臨床的には無症状である.限局性結節性過形成は肝の新生物というよりは過誤腫ないし血管奇形とそれに伴った反応性の病変と考えられる.肝細胞腺腫と異なって,経口避妊薬の服用は原因とならないとする考え方が最近では一般的である.
疫学
肝細胞腺腫と比較すると日本では圧倒的に高頻度である.
検査所見
画像診断上,超音波検査では,比較的周囲肝実質に近い低~等エコーを示し,中央部に星芒状瘢痕を疑わせる低エコー域を示すこともある.単純CTでは結節状の低~等濃度域のことが多く,造影CTでは早期で高濃度域,後期で等濃度域を示し,中心部に星芒状瘢痕に一致して低濃度域がみられる.MRIではT1強調像でほぼ等信号,T2強調像で等信号からやや高信号を示すことが多い.Kupffer細胞を有するため,SPIO-MRIやソナゾイドを用いた造影超音波Kupffer相では腫瘤内に造影剤が取り込まれ,周囲肝と等信号となる.血管造影では境界明瞭な血流に富んだ腫瘤(hypervasccular nodule)として描出され,屈曲・拡張した栄養動脈が腫瘍内部に入り込み,末梢に向かう車軸状血管(spoke wheel appearance)を認めることが特徴である.造影超音波検査では,動脈相で腫瘍の中心に血流を認め,急速に腫瘤辺縁に向かって染まりKupffer相では取り込みがみられるという特徴的所見を呈する.
診断
正常肝で各種画像で車軸状構築を認める多血性腫瘍が検出され,Kupffer細胞の存在がソナゾイド造影エコーで確認されれば,本症の診断は困難ではない.
治療
以前は肝細胞癌との鑑別が問題となっていたが,最近では確定診断されることが多い.確定診断がされれば治療は不要である.
(4)肝血管筋脂肪腫(angiomyolipoma)
定義・概念
肝血管筋脂肪腫は脂肪,血管,平滑筋の3成分よりなる良性腫瘍である.血管成分があればhypervascularで,脂肪成分があれば単純CTで低信号,超音波で高エコーとなる.典型例ではT1強調像で高信号,T1強調のopposed phase(逆位相)で低信号を呈する.しかし,脂肪成分が少ない場合は診断はやや困難である.生検標本のHMB-45染色は特異的で確定診断の根拠となる.[工藤正俊]
■文献
Kojiro M, Wanless IR, et al: The International Consensus Group for Hepatocellular Neoplasia:Pathologic diagnosis of early hepatocellular carcinoma: a report of the international consensus group for hepatocellular neoplasia. Hepatology, 49: 658-664, 2009.
Makuuchi M, Kokudo N, et al: Development of evidence-based clinical guidelines for the diagnosis and treatment of hepatocellular carcinoma in Japan. Hepatol Res, 38: 37-51, 2008.
Kudo M, Izumi N, et al: Management of hepatocellular carcinoma in Japan: Consensus-Based Clinical Practice Guidelines proposed by the Japan Society of Hepatology (JSH) 2010 updated version. Digest Dis, 29: 339-364, 2011.
出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報
かんさいぼうがん【肝細胞がん Hepatocellular Carcinoma(HCC), Liver Cell Carcinoma】
◎肝炎(かんえん)・肝硬変(かんこうへん)から発症
[どんな病気か]
[原因]
[症状]
[検査と診断]
[治療]
[どんな病気か]
肝細胞(肝臓のはたらきを担っている細胞)に似た細胞のがんで、原発性肝(げんぱつせいかん)がん(コラム「肝がんのいろいろ」)の約90%以上がこの肝細胞がんです。
日本でこのがんができやすいのは、50~60歳代の人で、7対1の割合で男性のほうが多くなっています。
近年、肝細胞がんの発生率が男女ともに増加してきています。
●肝細胞がんと転移
肝細胞がんは、肝臓の中で転移することが多いものです(肝内転移(かんないてんい))。それも比較的早期の段階からみられます。このため、肝細胞がんが発見された時点で、すでに複数の箇所に発生しているケースも少なくありません。この場合には、多中心性発がん(コラム「肝細胞がんの再発と多中心性発がん」)の可能性もあり、腫瘍(しゅよう)の大きさ、組織型などで両者を区別します。
肝細胞がんが、肝臓以外の臓器・組織に転移するのを肝外転移(かんがいてんい)といい、かなり進行してから血液を介して肺、副腎(ふくじん)、骨に転移することが多いものです。骨に転移し、骨の痛みや骨折をきっかけとして肝細胞がんが発見されることもあります。
[原因]
肝細胞がんになった人の約80%は、慢性肝炎か肝硬変(かんこうへん)を患(わずら)っています。
健康な肝臓に肝細胞がんが発生することもありますが、まれです。
●肝炎ウイルスと肝細胞がん
この慢性肝炎と肝硬変の90%以上が、C型肝炎ウイルスかB型肝炎ウイルスの感染でおこったものです。なかでも、C型肝炎ウイルスの感染からおこった慢性肝炎・肝硬変の頻度が高く、全体の80%近くを占め、B型肝炎ウイルスによるものは、10%台です。
C型肝炎ウイルス感染後、慢性肝炎、肝硬変を経て20~30年して発症というのが、典型的な肝細胞がんのおこり方です。
アルコール性肝硬変から肝細胞がんが発生することもありますが、全体の数%にすぎません。いいかえれば、C型肝炎ウイルス、B型肝炎ウイルスの感染でおこる慢性肝炎と肝硬変が肝細胞がんの最大の原因ともいえるのです。
このため、C型・B型肝炎ウイルスの感染でおこった慢性肝炎と肝硬変を、高危険群(ハイリスク・グループ)と呼んでいます。
高危険群の対策 高危険群にランクされる人には、肝細胞がんを早期発見するためのスクリーニング検査を実施する必要があります。
慢性肝炎は、年2回の超音波検査と年3回の腫瘍(しゅよう)マーカー(「[腫瘍マーカー]」)の検査、肝硬変は、年4回の超音波検査と年6回の腫瘍マーカー検査を行ないます。このスクリーニング検査で異常(肝内占拠病変=SOL)が発見された場合は、精密検査が必要になります。
●その他の原因
かび毒のアフラトキシンが肝細胞がんを発症させることが知られています。
まれですが、経口避妊薬、消耗性疾患の治療に用いるたんぱく同化ステロイドホルモン薬、塩化ビニールが肝細胞がんを誘発することもあります。
[症状]
肝臓は「沈黙の臓器」と呼ばれ、一般的には肝がん特有の症状はありません。慢性肝炎や肝硬変を患っていると、腹部のふくれた感じ、腹痛、全身のだるさなどを感じることがあります。診察すると肝腫大(かんしゅだい)(肝臓の腫(は)れ)、腹水(ふくすい)、上腹部の圧痛、くも状血管腫(けっかんしゅ)などがみられます。
慢性の肝疾患を合併していず、肝細胞がんが単独で発生した場合は、右上腹部が痛み、診察で腫瘤(しゅりゅう)(こぶ)を触れて発見されることがあります。
進行した肝細胞がんでは、がんが破裂し、腹腔内(ふくくうない)に出血して発見されることがあります。
[検査と診断]
診断には、採血し、肝臓のはたらき具合を調べる肝機能検査と、肝臓を画像に描き出して見る画像診断が用いられます。
●肝機能検査
GOT(AST)、GPT(ALT)の値が高くなりますが、GOTの値のほうがより上昇します(解離現象)。胆道系酵素(アルカリホスファターゼ〈ALP〉など)の値も軽度に上昇します。
しかし、合併する慢性肝炎や肝硬変でも、同じ結果がみられるので、この検査結果から肝細胞がんが存在するかどうかを判断することはできません。
●腫瘍マーカー
体内に腫瘍が発生すると、血液中の値が高くなる物質があって、これを腫瘍マーカーといいます。
肝細胞がんの約70%で、AFP(アルファフェトプロテイン)という腫瘍マーカーの値が高くなります。
AFPの値が正常の際は、PIVKA(ピブカ)‐Ⅱという物質の値が高くなることがあります。
●画像診断
肝細胞がんの診断には、つぎのような画像診断が行なわれます。
超音波検査 無侵襲で、スクリーニング検査として第1に行なうべきものです。直径1cm前後の腫瘍を描き出すことができます。
CT 肝細胞がんがあると、単純CTでは類円形の形として描きだされます。静脈に造影剤を注入し、時間を追って撮影するダイナミックCTを行なうと、肝細胞がん以外の腫瘤(こぶ)性病変と見分けるのに役立ちます。
MRI 肝細胞がんとほかの腫瘍との鑑別に有効です。
血管造影 肝細胞がんは肝動脈からの血流が豊富であり、造影すると濃く染まります。また、肝臓内の血管(門脈(もんみゃく)、肝静脈(かんじょうみゃく))内に「腫瘍塞栓(しゅようそくせん)」として波及しやすいのが特徴で、血管をつまらせることも少なくありません。
したがって、肝動脈造影、門脈造影を行なうと、肝細胞がんかどうかが見分けられるだけでなく、がんの存在する位置、大きさなどがわかります。
直径2cm以下で、単発した肝がんを細小肝(さいしょうかん)がんといいますが、血管造影を行なうと、このような小さながんも診断可能です。
肝動脈造影とCTを併用するアンギオCTを行なうと、数mmの細小肝がんも発見できますし、血管造影の情報を数値化し、画像処理するDSAを行なうと、少量の造影剤の使用で鮮明な画像が得られます。
[治療]
つぎのようないろいろな治療法があって、病状(臨床病期、クリニカル・ステージ(表「肝細胞がんの臨床病期(クリニカル・ステージ)」))に適した治療法が選択されます。
がんが比較的小さく3個以内の場合には、ラジオ波焼灼療法(はしょうしゃくりょうほう)(「ラジオ波焼灼療法」参照)を行なうケースが増えています。
●肝切除術(かんせつじょじゅつ)
がん病巣の発生している部位を切除します。切除する範囲は、病巣の位置、大きさ、数などによっていろいろです。完治が望める治療ですが、実施できるケースは、そう多くはありません。肝細胞がんでは、肝硬変を合併していて、肝臓を切除すると、はたらきがさらに低下してしまうために切除できないケースが多いのです。
切除が不可能な場合は、臨床病期に応じて、以下に述べる治療のどれかが選ばれることになります。
●TAE(経(けい)カテーテル肝動脈塞栓術(かんどうみゃくそくせんじゅつ))
がん病巣を養う血液を送っている動脈の内腔(ないくう)を閉塞(へいそく)させ、がん病巣が栄養不足におちいって死滅するのを期待する治療法です。
血管造影検査と同じ方法で動脈にカテーテルという管を入れ、目的とする肝動脈までとどかせ、血管を閉塞させる物質(塞栓物質)を注入します。
正常な細胞にも血液がいかなくなりますが、正常な細胞は門脈の血液を利用できるので影響がおよびません。
おもに臨床病期Ⅱ期に行なわれます。以下に述べるPEITとPMCTが併用されることもあります。
●TAI(肝動脈内抗がん剤注入療法)
TAEと同じ方法で、目的とする肝動脈までカテーテルを入れ、がん病巣に抗がん剤を注入します。
血管を閉塞させないので、TAEよりも発熱・肝機能障害などの副作用が少なく、幅広いケースに応用できます。
●PEIT(経皮的(けいひてき)エタノール注入療法)
超音波検査で、がん病巣の位置を確認しながら、腹部の皮膚に針を刺し、エタノール(アルコールの一種)を注入、がんを死滅させる治療法です。
直径3cm以下、3個以下の腫瘍がよい適応で、臨床病期Ⅱ~Ⅲ期の肝機能不良例にも行なえます。
●PMCT(マイクロウェーブ療法)
超音波検査でがん病巣の位置を確認しながら、胸部か腹部の皮膚に誘導針を刺し、がん病巣近くまで入れます。つぎに内針を抜いた後、電極をがん病巣にむかって挿入し、マイクロ波を照射します。
マイクロ波を照射すると、がん病巣自身が熱を発生させますが、この熱ががん病巣のたんぱく質を固まらせ、壊死(えし)へと導きます。経皮的、腹(胸)腔鏡下、開腹下などいろいろなアプローチの方法があります。
適応は、PEITと同様です。
●化学療法
若干の効果のみられる抗がん剤がいくつかあって、点滴静脈注射や皮下植え込み式リザーバーを用いて間欠動注(かんけつどうちゅう)(1週間注入し、1週間休薬)が行なわれることがあります。
●放射線療法
肝細胞がんには有効ではありませんし、放射性肝炎がおこる危険もありますが、門脈をふさいでいるケースや骨に転移しているケースには有効で、行なわれることがあります。
出典 小学館家庭医学館について 情報
世界大百科事典(旧版)内の肝細胞癌の言及
【肝腫大】より
…肝臓の悪性腫瘍([肝臓癌])では,肝臓内に腫瘍細胞が増加するために,表面に粗大な凹凸のある肝腫大がみられ,しばしば増大傾向を示し腹痛を伴う。肝臓の悪性腫瘍は原発性と転移性に区別されるが,原発性腫瘍の大半は肝細胞癌で,一部胆管癌を含む。転移性肝臓癌は著しい肝腫大を伴うため,肝腫大が初発症状となる症例も少なくない。…
【肝臓癌】より
…一般には肝臓に原発する癌腫(原発性肝癌)を意味し,他臓器の癌が肝臓へ転移した転移性肝癌とは区別される。原発性肝癌は病理および臨床的に肝細胞癌hepatocellular carcinomaと胆管細胞癌cholangio carcinomaに大別される。また,特殊な原発性悪性腫瘍として乳幼児にみられる肝細胞芽腫hepatoblastomaがある。…
※「肝細胞癌」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」