胎児仮死(読み)たいじかし(たいじジストレス)(その他表記)Fetal distress

六訂版 家庭医学大全科 「胎児仮死」の解説

胎児仮死(胎児ジストレス)
たいじかし(たいじジストレス)
Fetal distress
(女性の病気と妊娠・出産)

どんな病気か

 胎児仮死は、胎児の環境が悪化して低酸素とアシドーシスの状態になり、胎児が苦しくなった状態とされていましたが、1997年版『日本産科婦人科学会用語集』では胎児仮死を「胎児ジストレスfetal distress)」と呼び方を変え、次のように定義しました。

「胎児が子宮内において、呼吸ならびに循環機能が障害された状態をいう。妊娠中・分娩中のいずれの場合にもみられるが、顕性(けんせい)潜在性(せんざいせい)(latent)に分類される。顕性の場合は胎児心拍数基線の異常を来すが、潜在性の場合は子宮内胎児発育遅延を伴うことが多く、また母体の尿中E3(エストリオール)値など、化学的方法で推定される場合のほか、各種負荷試験(オキシトシン投与など)により顕性となるものをいう。」

 名称が変わった背景には胎児仮死の言葉が、死に直結したり中枢神経障害の原因になるかのような印象を与えるということがあります。

原因は何か

①母体因子

 出血仰臥位(ぎょうがい)低血圧症候群、麻酔、降圧薬投与などによって母体が低血圧状態になり、絨毛間腔(じゅうもうかんくう)の循環血液量が減少します。心疾患、呼吸器疾患などによる低酸素血症など

②子宮因子

 陣痛の異常(過強陣痛)、子宮破裂など

臍帯(さいたい)因子

 臍帯下垂(かすい)・脱出、強度の巻絡(けんらく)過捻転(かねんてん)、真結節、臍帯卵膜付着などの臍帯異常などのほか、羊水過少などに伴う臍帯圧迫も原因となります。

④胎盤因子

 妊娠中毒症(にんしんちゅうどくしょう)、過期妊娠、SLE全身性エリテマトーデス)などによる高度の胎盤梗塞(こうそく)や発育不全、常位胎盤早期剥離(じょういたいばんそうきはくり)など

⑤胎児因子

 胎児貧血、先天性心疾患など

症状の現れ方

 胎児の一過性頻脈(いっかせいひんみゃく)、呼吸様運動、筋緊張による胎動の抑制などがあります。また、慢性的な低酸素状態から、胎児の腎臓への血流が減って尿量も減り、羊水の量も減ります。これらは次項の検査でわかります。

検査と診断

①妊娠中の胎児仮死の診断

a.ノンストレステスト(NST)

 結果が一過性頻脈を認める所見であれば問題はありませんが、一過性頻脈の消失、持続性頻脈、徐脈(じょみゃく)の出現、基線細変動の減少・消失は異常とされます。

b.超音波ドプラー胎児血流計測

 低酸素状態などで胎児循環が悪化すると、臍帯動脈では末梢での血管抵抗が上昇し、拡張期血流の減少によりRI(resistance index:血管抵抗を反映する指数)が上昇します。さらに循環不全が進行すると、拡張期血流の途絶・逆流が認められます。

c.バイオフィジカル・プロフィール・スコアリング(BPS)

 超音波断層法とNSTにより胎児の健康状態を評価する方法です。各項目は胎児の低酸素症の状態を反映しています。10点満点で、スコアが低いほど胎児の状態が悪いと考えられます。

d.胎児血採血

 分娩開始前は臍帯穿刺(さいたいせんし)、分娩開始後は児頭末梢血採取(じとうまっしょうけつさいしゅ)が行われます。ただし、ともにリスクが大きいので、診断の目的のみで行うことはまれです。

e.生化学的胎児胎盤機能検査

 母体の尿中のE3値は、その代謝の過程である胎児の副腎・肝臓や胎盤の機能を表します。またhPL(胎盤性ラクトーゲン)は、胎盤の合胞体栄養細胞より分泌される物質で、胎盤機能の指標です。そのほか、さまざまな胎盤由来の酵素も胎盤機能不全の目安になります。これらの検査は、胎児の状態を直接反映するものではなく、別の方法でも評価が可能なため、補助的な診断として位置づけられています。

②分娩時の胎児仮死の診断

 胎児の心拍数図(CTG)により評価されます。持続性徐脈、遅発一過性徐脈(ちはついっかせいじょみゃく)、高度変動一過性徐脈、心拍数基線細変動の消失によって診断されます。

治療の方法

①分娩開始前

 胎児の状態が悪化していると疑われる場合には、主にNSTと超音波診断法により、胎児の状態を厳重にモニタリングします。

 原因が予測される場合は、原因となる疾患に対する治療を行いますが、その処置によっても改善が認められない場合や改善の見込みがない場合には、急速な分娩が必要で、ほとんどが帝王切開術となります。

②分娩開始後

 母体に酸素吸入を行います。臍帯因子が主要因と考えられる場合には、母体の体位変換を試みます。破水に伴って羊水の減少がある場合には、羊水注入をすることがあります。回復が見込めなければ、急速に分娩します。

 経腟(けいちつ)分娩が可能であれば、鉗子(かんし)もしくは吸引分娩を行いますが、経腟分娩に時間を要するようであれば、帝王切開術にします。帝王切開術の場合は、胎児のストレスを減らすために陣痛抑制薬の投与を考慮します。

病気に気づいたらどうする

 入院して、原因をさがしながら胎児の状態が厳重にモニターされます。母子の状態の経過によって、妊娠を継続するか分娩するか、分娩するのであればその方法が決定されます。

菊池 昭彦

出典 法研「六訂版 家庭医学大全科」六訂版 家庭医学大全科について 情報

家庭医学館 「胎児仮死」の解説

たいじかし【胎児仮死 Fetal Distress】

[どんな病気か]
 子宮・胎盤(たいばん)・臍帯(さいたい)(へその緒(お))・胎児間の血行障害がおこると、胎児は低酸素状態になります。これを胎児仮死といい、ふつう、胎児の心拍数が低下することでわかります。
 胎児の低酸素状態が続くと、重症の胎児仮死となって胎児の各臓器に障害がおこります。そのまま出生すると、引き続き重症の新生児仮死となり、微小脳障害および脳性(のうせい)まひ(「脳性まひ」)にいたります。さらに重症度が高い場合は、子宮内胎児死亡や新生児死亡に直結します。
 通常、胎児仮死は潜在性胎児仮死(せんざいせいたいじかし)と顕性胎児仮死(けんせいたいじかし)に分けられますが、いずれも十分な管理と迅速な対応が必要とされます。
 しかし現実には、入院中や外来診察時をのぞいて、すべての胎児仮死にすぐさま対応することは不可能です。
[原因]
 胎児仮死をおこす母体側の原因には、糖尿病(「糖尿病」)、心肺疾患、ぜんそくなどの無呼吸発作、過強陣痛(かきょうじんつう)(「過強陣痛」)などがあります。胎児側の原因としては、臍帯異常、低重量胎盤、過期妊娠胎盤、胎盤早期剥離(はくり)、羊水過少(ようすいかしょう)(「羊水過少」)などがあります。また、重症の妊娠高血圧症候群(妊娠中毒症)(「妊娠高血圧症候群(妊娠中毒症)」)の場合、ほとんどが胎児仮死をひきおこします。
[検査]
 妊娠中の胎児仮死の検査には、胎児心拍数モニタリング、尿や血液での胎児胎盤機能検査、超音波カラードップラー法による胎児の循環動態の把握などがあります。
 胎児を娩出(べんしゅつ)したときには、アプガーの採点法(コラム「アプガーの採点法」)で仮死の有無と程度を判定します。また、分娩(ぶんべん)直後の臍帯血(さいたいけつ)の血液ガス測定を行ない、仮死の程度を把握することも可能です。
[治療]
 胎児仮死の原因となる病気の治療が行なわれることはほとんどありません。顕性胎児仮死の場合は、母体へ十分な酸素を投与し、すみやかに胎児の娩出をはかります。娩出の方法には、吸引分娩(きゅういんぶんべん)や帝王切開術(ていおうせっかいじゅつ)などがあり、仮死の内容や程度によりそれぞれ選択されます。
●日常生活の注意と予防
 日常生活では、お母さんは胎動(たいどう)の消失・腹痛・破水感(はすいかん)などに注意を払い、医師との連絡を密にしておきましょう。また、外来受診時には、必要な検査はしっかり受けるようにしてください。

出典 小学館家庭医学館について 情報

世界大百科事典(旧版)内の胎児仮死の言及

【分娩監視装置】より

…実際,検査するにあたっては,自動化された装置が多いので,陣痛用および胎児心拍数用トランスジューサー(エネルギー変換器=ヘッド)を,妊産婦腹壁に装着し(胎児心電図から心拍数をみるときには,胎児児頭に電極をつける必要がある),装置のスイッチを指令どおり操作すればよい。
[診断]
 分娩監視装置の使用によって,以下のような妊娠・分娩時の異常を早期に発見し,胎児仮死に対応することができる。(a)妊娠中の場合 この場合,妊婦が安静にしているときに外部から刺激を与えないで測定するnon stress test(NST)が最も一般的に用いられる。…

※「胎児仮死」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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