腰痛・背痛

内科学 第10版 「腰痛・背痛」の解説

腰痛・背痛(症候学)

概念
 腰背部痛は成人の60~80%が一度は経験するといわれるほど頻度が高く,大部分は筋骨格組織に由来する疼痛予後良好であるが,内臓疾患に起因する疼痛も存在する.初期診断において重要なことは,より緊急性の高い内臓疾患,ついで脊椎脊髄疾患における神経障害を有する疾患,さらに腫瘍性疾患や感染性疾患へと鑑別を進めていくことである.
病態生理
 腰背部痛の病態の大部分は脊椎疾患由来であるが,内臓疾患(循環器疾患,泌尿器疾患,消化器疾患,生殖器疾患など)由来の疼痛も存在する.また慢性の腰背部痛には心因性の要因が関与していることもまれでない.
鑑別診断
1)問診:
ほかの疾患同様,詳細な問診が重要であり,問診だけで疾患の絞り込みが可能となることも多い.また,原因となる疾患を系統的に診断するとよい(表2-45-1).
 a)発症は急性か慢性か:急性発症の疼痛では,解離性大動脈瘤,心筋梗塞などの循環器疾患,腎・尿管結石や腎梗塞などの泌尿器疾患,胆囊炎,胆石膵炎などの消化器疾患などを考慮する.いわゆるぎっくり腰といわれる急性腰痛症も急性発症が多い.
 b)外傷の有無:高エネルギー損傷に伴う腰背部痛では脊椎損傷を疑う.一方,高齢者の骨粗鬆症性椎体骨折では重量物の挙上などの軽微な外傷の後に,時間をおいて疼痛や麻痺を生じることがある.
 c)既往歴や治療歴:悪性腫瘍の治療歴(転移性脊椎腫瘍の可能性),ステロイド使用(骨粗鬆症の可能性),免疫不全(感染の可能性)の有無を確認する.
 d)随伴症状の有無:臀部や下肢へ放散する疼痛(大腿神経痛・坐骨神経痛)および膀胱直腸障害(高度の馬尾障害)があれば脊椎・脊髄疾患を疑う.腹痛胸痛,血尿,体重減少,食欲不振などは内臓疾患の関連を示唆する.
 e)月経周期や妊娠との関連:若・中年女性の月経周期に伴う疼痛や不正性器出血の合併は婦人科疾患を疑わせる.また子宮外妊娠も念頭におく必要がある.
2)身体所見:
内臓疾患が否定的であれば,神経脱落症状(脊髄・馬尾または神経根障害)の有無を診察する.神経脱落症状をきたす病態としては外傷(骨粗鬆症性椎体骨折,脊椎損傷など),変性疾患(脊柱管狭窄症,椎間板ヘルニア,分離症,すべり症など),腫瘍(転移性脊椎腫瘍,脊髄腫瘍など),感染(化膿性脊椎炎,脊椎カリエスなど),その他(黄色靱帯骨化症など)がある(図2-45-1,2-45-2).
 a)姿勢・歩容の確認:姿勢と歩容(歩けない場合は車椅子,ストレッチャーにて来院)を確認することで,おおまかな麻痺の有無を知ることができる.疼痛が強い場合,疼痛性側弯や体幹を前傾していることもある.
 b)棘突起の叩打痛:骨折(骨粗鬆性椎体骨折,転移性脊椎腫瘍に伴う病的骨折)または感染を示唆する所見である.
 c)疼痛誘発試験:
 ⅰ)大腿神経伸展テスト(femoral nerve stretch test:FNST):被検者を腹臥位として膝関節90度屈曲位で下肢を上方へ抱え股関節を過伸展させることで大腿神経を伸展させる.大腿前面に放散痛が生じればL2〜4の神経根障害を疑う. ⅱ)下肢伸展挙上テスト(straight leg raising test:SLRT):被検者を仰臥位として下肢を伸展位のまま挙上させることで坐骨神経を伸展させる.下肢後面に放散痛が生じればL5,S1の神経根障害を疑う. ⅲ)Kempテスト:被検者を立位にして検者は被検者の肩に両手をおいて体幹を左右に側屈させる.下肢に放散痛がある場合に神経根障害を疑う. 
 d)筋力,知覚,反射:神経学的所見をとる際には,頻度の高いL4,5,S1高位診断を中心に行うと効率がよいが,おおまかに運動麻痺を診察するのであれば,片脚起立が可能かチェックする.下肢腱反射は障害が脊髄レベルであれば亢進し,馬尾レベルであれば低下する.一方,脊髄円錐部の障害は,上位と下位運動神経の障害が混在するので注意を要する.また高度の神経障害を示唆する膀胱直腸障害の有無も問診する.
3)臨床検査:
関節リウマチや強直性脊椎炎などの自己免疫疾患が疑われる場合にはリウマトイド因子,抗CCP抗体(抗シトルリン化ペプチド抗体),MMP-3(マトリックスメタロプロテアーゼ3),HLA-B27などの血液検査を行う.悪性腫瘍が疑われる場合には,生化学,腫瘍マーカー,Ⅰ型コラーゲン架橋N-テロペプチド:NTxなどの血液検査を行う.骨粗鬆症に対する治療効果や予後予測には骨代謝マーカーの検査を行う.
4)画像検査:
スクリーニングの画像検査は単純X線写真であるが,神経脱落症状が認められた場合には,MRIを考慮する.外傷に伴う骨折・脱臼にはCTも有用であるが,単純X線写真だけでは診断困難な高齢者の骨粗鬆性椎体骨折ではMRIを行うと,椎体内の輝度変化(T1強調画像でlow intensity)を鋭敏にとらえられる.腫瘍および感染が疑われる症例にはCT,MRI,シンチグラム(図2-45-3)などを行う.ただし,画像上の異常所見が必ずしも腰背部痛の原因にならない場合もあるので注意が必要である.[辻 崇・戸山芳昭]
■文献
戸山芳昭,他:よく理解できる整形外科診療の実際,永井書店,大阪,2005.辻 崇,他:診断と治療 初診外来における初期診療,診断と治療社,東京,2010.

出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報

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