美をその対象領域によって大きく区分した場合、人間の手になる芸術美や技術美に対して、自然界にみられる美を広く自然美とよぶ。これは動植物などの個別的形象、風景や天空にみなぎる全体的雰囲気、さらには自然界の体系的秩序そのものなどの諸段階を含み、人体美も自然美とされることが多い。自然美と芸術美の関係は、美学史上の一大論点である。古代ギリシアの美学思想においては、原型たるイデアへの近さのゆえに自然美の優位が主張されたが、新プラトン学派のプロティノスは万有を一者からの流出とみる説により、感覚的美としての自然美と芸術美のいずれをも一なる叡知(えいち)美から根拠づけようとした。中世キリスト教思想の支配下では、神秘主義者たちによって自然美は神の顕現(テオファニアtheophania)とみなされた。この見方は近世の人々の素朴な自然観の底流となってゆくが、宗教的権威が揺らぐとともに、自然そのものが畏敬(いけい)すべきもの、準拠すべき原理として注目されるようになる。新プラトン学派に通じていたイギリスのシャフツベリ伯によれば、自然は美しい調和に満ちた有機的統一体であり、これを形成する原理はそれ自体至高美たる創造神である。そして芸術美もまた、この神的な美の力に関与することによって成立する。彼の汎神論(はんしんろん)的世界観は、イギリス経験論の美学や大陸の啓蒙(けいもう)主義美学に大きな影響を及ぼした。
17~18世紀のフランスにおいて芸術は「美しい自然の模倣」と定義されたが、ここでは単なる外的自然の模写よりも自然の理想化が意図されていた。これに対してルソーによる自然礼賛やゲーテの自然観察は、より直接的な自然美の賞揚を促進した。自然美を芸術美より優位に置く傾向は、カントの美学において一つの頂点に達する。彼によれば、芸術美がつねに目的概念を前提とするのに対して、その前提を必要としない自然美こそが純粋な美的判断の対象たりうるのである。美を理念の感覚的現象とするヘーゲルは逆に、精神によって生み出された芸術美を自然美よりも高次のものとみなした。芸術家の創造的ファンタジーや作品の表現内容に力点を置くドイツ観念論やロマン主義の美学以来、近代美学においては芸術美を重視するものが主流を占めている。しかしながら現代では、環境問題が切実なものとなったことや、近代文明に対する反省の動向のなかで、前衛芸術の一部に自然回帰の主張もあり、自然美は美学においても再評価の気運にある。
[長野順子]
『大西克礼著『美学』(1959・弘文堂)』▽『今道友信著『美の位相と芸術』(1968・東京大学出版会)』
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
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[美の所在]
感性にふれる精神的価値たる広義の美はいたるところに遍在する。これを美をそなえる対象の領域についてみれば,美は〈自然美〉と〈芸術美〉に大別できる(中間態として〈技術美〉も挙げうる)。両者の区別は,芸術とは美的価値の創造という意図をもつ芸術家が素材の形成加工をはたした成果とみれば,対象に刻みこまれた美的意図の有無によって立てられる。…
※「自然美」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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