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色川三中 いろかわ みなか

美術人名辞典の解説

色川三中

江戸後期の国学者。常陸土浦生。通称桂助・三郎兵衛・弥三郎、名は英明、号は東海・瑞霞園。家業の傍ら研究に努め香取神宮の神庫・大宮司家大禰宜家等の神宮家・神宮寺所蔵の古文書千五百余通を集録し『香取文書纂』を著す。これは神事ばかりでなく社会経済史料として学界に重んじられている。蔵書家。安政2年(1855)歿、54才。

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デジタル大辞泉の解説

いろかわ‐みなか〔いろかは‐〕【色川三中】

[1801~1855]江戸後期の国学者。常陸(ひたち)の人。通称、三郎兵衛。田制・税制・度量衡の研究、古文書の収集などで知られる。著「香取文書纂」など。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

色川三中 いろかわ-みなか

1801-1855 江戸時代後期の国学者。
享和元年6月24日生まれ。常陸(ひたち)(茨城県)土浦で家業の薬種業,醤油(しょうゆ)醸造業を再興させたのち,天保(てんぽう)7年橘守部に入門。田制,税制,度量衡の研究や古文書の収集・編集に業績をのこす。中山信名(のぶな)の遺稿「新編常陸国誌」を修訂した。安政2年6月23日死去。55歳。通称は三郎兵衛。号は東海。著作に「検田考証」「租庸調考」など。

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朝日日本歴史人物事典の解説

色川三中

没年:安政2.6.23(1855.8.5)
生年:享和1.6.24(1801.8.3)
幕末の国学者。幼名豊太郎,のち英明といい,通称は圭輔または三郎兵衛。東海,瑞霞園と号した。常陸国(茨城県)土浦土着の薬商英恵,妻富の長男。家は,かつて幕府の醤油御用を務めるほど羽振りがよかったが,文政8(1825)年,父の死去により継いだ時点では破産状態で,その再建に約10年の歳月を費やした。天保期以降,生活の緊縮と商売精進が実を結び,家業再興に成功。かくて本格的な学問修業は30代まで待たねばならなかったが,まず平田篤胤を訪ね,次いで天保7(1836)年には江戸の橘守部に入門。終始,家業と学芸を両立させながら,豊富な蔵書を築き,主に古代制度史研究に邁進した。歌文の才は発揮しなかったものの,古文書の編纂と税制,度量衡などについて多くの業績を残し,後進の国学者に少なからぬ影響をおよぼした。<著作>『田令図解抄』(『日本経済叢書』32巻),『香取文書纂』<参考文献>中井信彦『色川三中の研究』

(ロバート・キャンベル)

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大辞林 第三版の解説

いろかわみなか【色川三中】

1801~1855) 江戸後期の国学者。常陸ひたち国土浦の人。通称三郎兵衛。薬種・醬油醸造を業とする家に生まれたが、橘守部の弟子となり、家業のかたわら史学と古典の研究に励んだ。著「田令図解抄」「検田考証」「香取文書纂」「度量考」など。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

色川三中
いろかわみなか

[生]享和1(1801).6.24.
[没]安政2(1855).6.23.
江戸時代後期の国学者。号は東海。常陸土浦の薬種兼醸造業の家に生れたが,家督は弟に譲り,みずからは古代の田地法制の研究や古文書の収集書写に専念。編著に『香取文書纂』,主著に『田令図解抄』『皇朝田制考』などがある。遺書は静嘉堂文庫に収蔵。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

色川三中
いろかわみなか
(1801―1855)

常陸(ひたち)国(茨城県)土浦の商人で国学者。通称三郎兵衛、東海と号す。家業は薬種業、しょうゆ醸造業を兼ねていた。1825年(文政8)家督(かとく)を継ぎ、不振の家業再興に努力し、経営が順調にいくと薬種業は弟に譲って、自身はしょうゆ業に専念するとともに、国学の研究に情熱を傾け、36年(天保7)江戸・浅草の橘守部(たちばなもりべ)の門に入った。橘門下では史学と古典の研究に励み、家業と研究を両立させ、蔵書1万巻を所有したという。田制、税制、度量衡の研究、古文書の収集などに優れた業績をあげ、『検田考証』『田令図解抄』『常総遺文』『香取文書纂(さん)』など多数の著書がある。とくに中山信名(のぶな)の遺稿『新編常陸国誌』を修訂した功績は大きい。遺著は東京の静嘉堂(せいかどう)文庫、土浦市立図書館に所蔵されている。[佐久間好雄]

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世界大百科事典内の色川三中の言及

【香取文書纂】より

…常陸国土浦の国学者色川三中(1802‐55)が田制研究の資料として,香取神宮とその社家の所蔵する文書を影写し,家別(ほぼ編年順)に編集した古文書集。62巻。…

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