江戸後期の国学者。本姓飯田(いいだ)。祖先という父方の北畠(きたばたけ)、源、母方の橘姓を称した。幼名旭敬(あさいや)、のち吉弥。名は庭麻呂(にわまろ)。通称元輔(もとすけ)、源助。号は蓬壺(ほうこ)、生薬園(いくぐすりぞの)、池庵(ちあん)、椎本(しいがもと)。天明(てんめい)元年4月8日、伊勢(いせ)国朝明(あさけ)郡小向(おぶけ)村(三重県朝日町)に、父郷士、谷川士清(たにかわことすが)門の長十郎元親、母桑名郡郷士楠守忠(くすのきもりただ)妹の長男として出生。2歳母離縁、12歳一家離散、16歳父病没、翌1797年江戸に出、葛西因是(かさいいんぜ)(1764―1823)に漢学を学び、29歳武蔵(むさし)国幸手(さって)(埼玉県幸手市)で狂歌師などとなり、桐生(きりゅう)、足利(あしかが)の機業家の門人も得、49歳より江戸の深川大島町や浅草弁天山に住み、嘉永(かえい)2年5月24日本所の自宅で病没した。69歳。墓は牛島長命寺(東京都墨田区向島(むこうじま))。清水浜臣(しみずはまおみ)、安田躬弦(やすだみつる)(1763―1816)と交友もあったが独学で本居宣長(もとおりのりなが)を批判、独自の学風をたて、伴信友(ばんのぶとも)、平田篤胤(ひらたあつたね)、香川景樹(かがわかげき)とともに天保(てんぽう)の四大家と称された。『日本書紀』を重んじ、その注釈『稜威道別(いつのちわき)』(1844成立)、記紀歌謡の注釈『稜威言別(ことわき)』(1850、1891〜1894)を著し、『万葉集檜嬬手(ひのつまで)』『万葉集墨縄(すみなわ)』『神楽歌譜入文(かぐらうたふいりあや)』『催馬楽譜(さいばらふ)入文』(1834)で新釈を、『短歌撰格(せんかく)』(1885)『長歌撰格』で和歌修辞に創見を述べ、『助辞本義一覧』(1838)『俗語考』『山彦冊子(やまびこぞうし)』(1831)『鐘の響』の語学書もあり、例証の周密さの一方、音義説と直感による独断もみられる。4400首余の歌は温雅で古今風、『橘守部家集』(1854)に収載される。
[林 勉 2016年6月20日]
『橘純一編『橘守部全集』全13巻(1920~1922・国書刊行会/新訂増補全14巻・1967・東京美術)』▽『太田善麿編『国学大系14 橘守部集』(1944・地平社)』▽『慶応義塾大学附属図書館斯道文庫編『未刊影印橘守部著作集』全10巻(1979~1981・汲古書院)』▽『鈴木暎一著『橘守部』(1972/新装版・1988・吉川弘文館)』▽『徳田進著『橘守部と日本文学――新資料とその美論』(1975・芦書房)』
(飯倉洋一)
出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報
江戸後期の国学者。伊勢国朝明郡小向村に生まれる。幼名旭敬(あさいや),名は吉弥,通称元輔のち庭麿,号は蓬壺,池庵,生薬園,椎本。中納言北畠具教の後裔と称す。2歳にして生母と生別,12歳にして家が破産し,大坂の従兄のもとに身をよせる。16歳のとき父を失い,翌年江戸に移る。儒者葛西健蔵に学ぶのは,25歳のころで,晩学である。古代の研究のために,〈契沖,真淵,宣長,その他(荒木田)久老,(谷川)士清等の,あまたの学者のいたづき置かれたる書どもより見むかた,大に入安かるべし〉(《心の種》)と述べるところに,守部の学問の系統が認められる。それらの学者の方法や成果を摂取しながら,守部は独自の方法を作り出すが,守部には合理性や実証の尊重がある。真淵の《国意考》を〈いまだし〉と断じ,《難古事記伝》を執筆して,宣長を批判した。武蔵,上野などに門人が多かった。記紀の歌謡の注釈《稜威言別(いつのことわき)》,《日本書紀》神代巻の注釈《稜威道別》,《万葉集》より《新古今集》までの歌格の研究《短歌撰格》など,独自の研究がある。
執筆者:平野 仁啓
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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