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橘守部 たちばな もりべ

美術人名辞典の解説

橘守部

江戸後期の国学者。伊勢の人。初名庭麿、通称北畠源助、池庵と号する。『稜威道別』『稜威言別』『神楽催馬楽入綾』『万葉集檜狐』等著書多数。嘉永2年(1849)歿、69才。

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デジタル大辞泉の解説

たちばな‐もりべ【橘守部】

[1781~1849]江戸後期の国学者・歌人。伊勢の人。本姓飯田。号、池庵・椎本(しいがもと)など。江戸で独学して古典・古語に通じ、本居宣長(もとおりのりなが)に対抗して独自の学説を立てた。著「稜威道別(いつのちわき)」「万葉集檜嬬手(ひのつまで)」「助辞本義一覧」など。

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百科事典マイペディアの解説

橘守部【たちばなもりべ】

江戸後期の国学者。飯田氏。通称元輔。伊勢の人。号は池庵,蓬壺など。江戸に出て独学。《日本書紀》を尊び,本居宣長を批判し,独特の古道論を展開。古歌語釈にすぐれた。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

橘守部 たちばな-もりべ

1781-1849 江戸時代後期の国学者。
天明元年4月8日生まれ。江戸で独学で国学をおさめる。「日本書紀」を重視して本居宣長(もとおり-のりなが)を批判,天保(てんぽう)の四大家のひとりとされた。嘉永(かえい)2年5月24日死去。69歳。伊勢(いせ)(三重県)出身。本姓は飯田。通称は元輔,源助。号は蓬壺,池庵など。著作に「稜威道別(いつのちわき)」「稜威言別(ことわき)」「万葉集檜嬬手(ひのつまで)」など。

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朝日日本歴史人物事典の解説

橘守部

没年:嘉永2.5.24(1849.7.13)
生年:天明1.4.8(1781.5.1)
江戸後期の国学者。伊勢国朝明郡小向村に庄屋飯田長十郎元親の長男として生まれた。初名吉弥。通称元輔。母方の楠氏の縁で「」を姓とした。守部は文政9(1826)年以後の号。別号に椎本など。12歳のとき一家破産。16歳で父が死に,一家を引き連れ江戸へ下り,20歳を過ぎて学問に志す。漢学者葛西因是の門を叩いたがやがて離れ,一時清水浜臣に学ぶことがあったらしいが,ほぼ独学で国学を修得した。文化6(1809)年,29歳のとき武蔵国幸手(埼玉県)に移住。庭麻呂と称し,蓬壺と号した。文化9年ごろ土地の人田村清八の娘政子と結婚。幸手では江戸との適度な距離を保ちながら20年間学問に専念,『神風問答』『伊勢物語箋』などの著作をものし,桐生,足利に門人を得た。特に桐生の機業家の門人は江戸進出後の守部の著作出版に経済的援助を惜しまなかった。文政12年,49歳で江戸に再び出て国語学書『山彦冊子』(1831)刊行によって名声を挙げ,以後神学・神典研究,万葉集研究,古典注釈,句格論,語学研究に実績を残した。『稜威道別』などにまとめられた神典研究では当時圧倒的な権威を誇っていた宣長学を批判,宣長の『古事記』推重に対し『日本書紀』推重説を説いた。また「神秘五箇条」を打ち出し,伝説と史実を区分して神典を合理的に解釈しようとした。『長歌撰格』『短歌撰格』『文章撰格』の一連の句格研究では古代の長歌,短歌,文章に一定の句格と構造のあることを説き,これを規範として後代の歌文を非難した。古典注釈では記紀歌謡の注釈『稜威言別』が重要である。江戸向島の長命寺に葬る。<参考文献>鈴木暎一『橘守部』

(飯倉洋一)

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世界大百科事典 第2版の解説

たちばなもりべ【橘守部】

1781‐1849(天明1‐嘉永2)
江戸後期の国学者。伊勢国朝明郡小向村に生まれる。幼名旭敬(あさいや),名は吉弥,通称元輔のち庭麿,号は蓬壺,池庵,生薬園,椎本。中納言北畠具教の後裔と称す。2歳にして生母と生別,12歳にして家が破産し,大坂の従兄のもとに身をよせる。16歳のとき父を失い,翌年江戸に移る。儒者葛西健蔵に学ぶのは,25歳のころで,晩学である。古代の研究のために,〈契沖,真淵,宣長,その他(荒木田)久老,(谷川)士清等の,あまたの学者のいたづき置かれたる書どもより見むかた,大に入安かるべし〉(《心の種》)と述べるところに,守部の学問の系統が認められる。

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大辞林 第三版の解説

たちばなもりべ【橘守部】

1781~1849) 江戸後期の国学者・歌人。本姓、飯田。号は池庵・椎本しいがもとなど。伊勢の人。江戸に出て、独学ながら本居宣長と対立する学風を形成。著「稜威道別いつのちわき」「稜威言別いつのことわき」「橘守部家集」など。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

橘守部
たちばなもりべ

[生]天明1(1781).4.8. 伊勢
[没]嘉永2(1849).5.24. 江戸
江戸時代後期の国学者。名は庭麿,のち守部。通称は元輔 (源助) ,号は篷壺,池庵,生薬園,椎本。農民の出,父は飯田元親。寛政9 (1797) 年江戸に出て,独学で国学を学んだ。 29歳のとき武蔵国幸手に移り,幸手,桐生,足利などに門人社中をつくった。文政 11 (1828) 年再び江戸に出て,天保四大家の一人に数えられた。本居宣長を批判して,神話,古典の解釈に独自の説を立て,多くの著述を残した。『山彦冊子』 (31) ,『神楽歌譜入綾 (いりあや) 』 (34) ,『催馬楽譜入綾』 (34) ,『助辞本義一覧』 (38) ,『鐘の響』 (39) ,『長歌撰格』 (73) ,『短歌撰格』 (85) ,『文章撰格』 (86) など。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

橘守部
たちばなもりべ
(1781―1849)

江戸後期の国学者。本姓飯田(いいだ)。祖先という父方の北畠(きたばたけ)、源、母方の橘姓を称した。幼名旭敬(あさいや)、のち吉弥。名は庭麻呂(にわまろ)。通称元輔(もとすけ)、源助。号は蓬壺(ほうこ)、生薬園(いくぐすりぞの)、池庵(ちあん)、椎本(しいがもと)。天明(てんめい)元年4月8日、伊勢(いせ)国朝明(あさけ)郡小向(おぶけ)村(三重県朝日町)に、父郷士、谷川士清(たにかわことすが)門の長十郎元親、母桑名郡郷士楠守忠(くすのきもりただ)妹の長男として出生。2歳母離縁、12歳一家離散、16歳父病没、翌1797年江戸に出、葛西因是(かさいいんぜ)(1764―1823)に漢学を学び、29歳武蔵(むさし)国幸手(さって)(埼玉県幸手市)で狂歌師などとなり、桐生(きりゅう)、足利(あしかが)の機業家の門人も得、49歳より江戸の深川大島町や浅草弁天山に住み、嘉永(かえい)2年5月24日本所の自宅で病没した。69歳。墓は牛島長命寺(東京都墨田区向島(むこうじま))。清水浜臣(しみずはまおみ)、安田躬弦(やすだみつる)(1763―1816)と交友もあったが独学で本居宣長(もとおりのりなが)を批判、独自の学風をたて、伴信友(ばんのぶとも)、平田篤胤(ひらたあつたね)、香川景樹(かがわかげき)とともに天保(てんぽう)の四大家と称された。『日本書紀』を重んじ、その注釈『稜威道別(いつのちわき)』(1844成立)、記紀歌謡の注釈『稜威言別(ことわき)』(1850、1891~1894)を著し、『万葉集檜嬬手(ひのつまで)』『万葉集墨縄(すみなわ)』『神楽歌譜入文(かぐらうたふいりあや)』『催馬楽譜(さいばらふ)入文』(1834)で新釈を、『短歌撰格(せんかく)』(1885)『長歌撰格』で和歌修辞に創見を述べ、『助辞本義一覧』(1838)『俗語考』『山彦冊子(やまびこぞうし)』(1831)『鐘の響』の語学書もあり、例証の周密さの一方、音義説と直感による独断もみられる。4400首余の歌は温雅で古今風、『橘守部家集』(1854)に収載される。[林 勉]
『橘純一編『橘守部全集』全13巻(1920~1922・国書刊行会/新訂増補全14巻・1967・東京美術) ▽太田善麿編『国学大系14 橘守部集』(1944・地平社) ▽慶応義塾大学附属図書館斯道文庫編『未刊影印橘守部著作集』全10巻(1979~1981・汲古書院) ▽鈴木暎一著『橘守部』(1972/新装版・1988・吉川弘文館) ▽徳田進著『橘守部と日本文学――新資料とその美論』(1975・芦書房)』

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367日誕生日大事典の解説

橘守部 (たちばなもりべ)

生年月日:1781年4月8日
江戸時代後期の国学者
1849年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

世界大百科事典内の橘守部の言及

【稜威言別】より

…古代歌謡の注釈書。橘守部著。1846年(弘化3)成立。…

※「橘守部」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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