日本大百科全書(ニッポニカ) 「色彩心理学」の意味・わかりやすい解説
色彩心理学
しきさいしんりがく
色彩の見え方、感じ方など色彩に対しての人間の行動(反応)を研究するのが色彩心理学といえよう。したがって、色彩心理学では、色覚の問題から色彩に対してもつ印象、調和感などまでが取り上げられており、場合によっては生理学、芸術、デザイン、建築などと関係してくる。色彩心理学で取り上げられているもののうち、ここでは、色彩の見え方と感情の関係を中心に述べることにする。
[相馬一郎]
色彩の見え方
色彩を日常見ている場合には、いくつかの色を同時に見ていることがほとんどである。この場合、相互の色が影響しあって、一つだけの色を見ているときとは異なった見え方をする。その代表的なものが、対比とよばれる現象である。
[相馬一郎]
色彩の対比
二つ以上の色を同時に見たり、連続して見たりするときに生じる現象で、前者を「同時対比」、後者を「継時対比」という。この場合、提示された色が相互に影響しあい、それぞれの色の特性をより強調する傾向が生じる。色には、色相・明度・彩度の三つの属性がある。このため、「色相対比」「明度対比」「彩度対比」の三つの対比が考えられる。たとえば黒の中の白と灰色の中の白では、同じ白でも前者のほうがより白く見える(明度対比)、赤と緑を同時に見ると、それぞれがより鮮やかに見える(色相対比)などである。ただ日常的に色を見ている場合には、これらの三つの対比が共存していることが多い。
遠くからよく見える、はっきり見える、ということが必要な場合がある。これには、背景とその前に置かれた図との間の属性の差が大きいことが必要である。この場合、背景と図の色の組合せが問題となる。一般的にいえば、背景の色と図の色との属性が異なれば異なるほど、図の認知が明確になり、遠くからもよく見える。色の対比のうち、これにもっとも影響するのが明度対比である。ついで色相対比、彩度対比の順になる。日常生活での代表的な例としては、標識類があげられよう。標識類は、遠くからはっきり見えることが望まれる。したがってその色の組合せは、対比量が大きいものが用いられている。パッケージ、広告などももちろん色の組合せが配慮されているが、標識類も含め、このほかに誘因性ということも当然考えられている。対比が小さくなればなるほど、対象物は見えにくくなる。雪のなかの白い野ウサギが見えにくいのは、雪の白とウサギの白の間に属性の差がほとんどないことによる。
色の見えについては、このほか、「残像色」「順応色」などがあげられる。残像色を体験するもっとも簡易な方法は、白い紙の上に赤い紙を置き、それをしばらく注視したのち、赤い紙を取り去ることである。すると、なにもない白い紙の上に青緑色が見えてくる。これがいわゆる補色残像である。これは比較的明るい面上で残像を観察した場合であるが、暗黒中であったり、白色光の刺激であったりした場合には複雑な様相を示す。また、ある色に対する凝視を続けると、時間の経過にしたがいその色の見えが変化してくる。だいたい飽和度(彩度)が低下していき、最初に見ていたほど鮮やかではなくなってくるのである。これを「色順応」といっている。
[相馬一郎]
色彩の働き
色彩の働きとしては、見かけの判断に及ぼす色彩の影響と、色彩の美的効果に関するものとに大別できる。前者は温度感、重さ、大きさ、距離の判断に及ぼす色彩の影響が、後者は色彩の好み、調和、感情効果があげられる。
[相馬一郎]
温度感と色彩
色彩を見たときに暖かいとか冷たいとか感じるのは、主として色相に関係する。暖かく感じる色相は、赤(R)、黄赤(YR)、黄(Y)、赤紫(RP)であり、冷たいと感じる色相は、緑(G)、青(B)、青紫(PB)である。このため、暖かいと感じる色相に属する色を暖色系、冷たいと感じる色相に属する色を寒色系とよんでいる。タングステンランプのついている部屋と、蛍光灯のついている部屋を通りがかりに見たとき、前者が暖かそうに、後者が涼しそうに見えるのもこれによる。また室内にどのような色相の色を主として用いるかにより、暖かさの感じが違ってくる。
[相馬一郎]
重さの判断と色彩
重さの判断にもっとも影響する色の属性は、明度である。明るい色(明度の高い色)は軽く、暗い色(明度の低い色)は重く感じる。同時に明度の高い色は軽快感を、低い色は重厚感を感じるといってよい。暗い色の電車と明るい色の電車を比較してみれば、このことがよくわかる。また暗い色のものがなんとなく重そうに見えるのも、これによる。
[相馬一郎]
大きさの判断と色彩
大きさの判断についての色彩の効果は、重さの判断ほど明確ではないが、やはり明度の影響が強いといえよう。一般的にいって、同じ大きさでも、明るい色が彩色されているほうが大きく見え、暗い色が彩色されているほうが小さく見える。自動車などでも、軽自動車に黒が用いられることがほとんどないのは、これによるものと思われる。もちろん、重さの感じも入ってくるから、黒の軽自動車はより小さく、しかも重そうに見えるということがいえよう。
[相馬一郎]
距離の判断と色彩
二つの色彩刺激が等距離にあるにもかかわらず、異なった距離にあるように見える、いわゆる「進出色」「後退色」といわれる現象がある。これまでの結果では、距離の判断には、色相と明るさの二つが影響を及ぼしていると考えられている。輝度(きど)の高い色、または明度の高い色が近くに見えるということが指摘されている一方、暖色系の色が近くに見えるということもいわれている。さらに、大面積になると、かならずしも小面積の場合と結果が一致しないという指摘もある。したがって、距離の判断には、明るさ、色相、面積などが関連しあっているものと思われる。
[相馬一郎]
色彩の好み
色彩の好みは、個人差が大きいといわれる。ただ、多くの人を対象として調査をし、大きくまとめると、いくつかの傾向がみられる。たとえば、色相の好みの順位は、(1)青blue、(2)赤red、(3)緑green、(4)紫violet、(5)橙(だいだい)orange、(6)黄yellowとなる。したがって、青系統、赤系統の色は比較的好きな色とされる場合が多いといえよう。また年齢によっても色の好みには差があるといわれている。だいたいの傾向は、年齢が高くなるにしたがい、暖色系から寒色系へ好みが変わってくるといえる。性、人種などによる差は明確ではなく、むしろ文化的影響があるとされている。また、色彩の好みは、対象が決まっている場合と、対象を指定しない場合では、同一人でも選択する色が異なることがしばしば生じる。たとえば、単に好きな色といわれて選択した場合と、スーツの色として選択した場合では、異なる色が選ばれることが多い。したがって、具体的な対象になると、形、材質など他の要素も入ったうえで、好きな色を選択する傾向があるといってよいであろう。
[相馬一郎]
色彩の調和
色彩の美的効果として取り上げられるものに、色彩の調和がある。色彩の調和とは、二つ以上の色彩が隣接して存在する場合、その組合せによって、見た人に快感情をもたらすことをさしている。色彩調和論としては、ムーン‐スペンサーMoon & Spencerの調和論がよく知られている。彼らの調和理論は、配色された色の間の属性差により、調和領域・不調和領域を色体系に対応して設定している。調和領域は、同等、類似、対立と名づけられ、不調和領域は、第一のあいまい領域、第二のあいまい領域とよばれている。そして調和の程度を示すものとして、「美度(びど)」を算出する式を提案している。色彩の調和は配色の場合つねに考慮されねばならないので、服飾、デザイン、室内装飾、外装など、色彩を実際に使用するときに問題となる。したがって、多くの人々に関心をもたれている。調和理論は、基本的な配色ルールともいうべきものである。日常生活においては、さらに個人の関心、経験、訓練といったものが加わることにより、いわゆる配色のセンスのよさというものが形成されるものと思われる。
[相馬一郎]
色彩の感情効果
色彩の好み、調和などについては従来まで一次元的に取り扱われてきた。しかし、その相互関連、あるいはどのような印象のものが好まれるかといったことについては、多次元的にみていく必要がある。このためセマンティック・ディファレンシャル法semantic differential method(SD法)などを用い、その関連を把握する試みがなされている。好きな―嫌いな、美しい―汚い、自然な―不自然な、動的な―静的な、暖かい―冷たい、はでな―じみな、陽気な―陰気な、不安定な―安定した、明るい―暗い、強い―弱い、くどい―あっさり、堅い―柔らかい、重い―軽い、といった評価尺度を用いての結果では、次のようなことが指摘されている。調和感とは、好き、自然、美しい、安定したといった感じが伴う。とくに、好きという感情と調和感は、相関が高い。したがって、調和しているものは好きということができる。明るい、はで、動的などは、調和、好きといった感じと判断基準が異なるようである。
日常的な配色の選択は、好きなということで行われていると思われるが、それは、調和しているとの判断と共存していることで、選択した個人にとっては快感情につながるものといえよう。ただ、この種の感じは経験などにより変化することもありうる。これは、単色の好みの場合についても同様である。
[相馬一郎]
『日本色彩学会編『新編色彩科学ハンドブック』(1980・東京大学出版会)』