薬局,薬店(やくてん)(薬種商が薬の販売を行っている店)および薬問屋等の総称。薬店,薬舗,薬種屋,木薬屋(あるいは生薬屋)などの名で,店舗を構えて薬をあきなう店を薬屋と呼んだのは江戸時代に入って以来といわれている。かつて,越中富山の売薬にみられるように,各地を行商したり,市に出て売ることがふつうで,これは西洋や中国においても同様であった。
医薬品の販売業は,その取り扱える医薬品の範囲によって,薬局,一般販売業,薬種商配置販売業,特例販売業などに分けられる。1874年(明治7)に維新政府は欧米の制度にならって医制を制定した。これによって江戸時代以来の〈くすりや〉は薬舗仮免状を与えられたが,86年東京府は〈薬種商営業規則〉を制定し,これによって薬舗仮免状は全部返還させた。のち90年に制定された〈薬律〉で薬局と薬種商の業務内容が区別された。薬局は,薬剤師が開設し,医師の処方箋により薬剤を調合し,薬品の製造販売をなす場と規定される。一方,薬種商は,一定の資格により免許をえて,薬品の販売を行うが,医師の処方による調剤が許されず,また指定医薬品の販売が禁止されている。
医薬分業の実施が不徹底であった日本においては,薬局における処方調剤の割合が低いために,販売しうる薬の範囲に若干の相違はあるものの,〈医薬品販売〉という面では薬局も薬種商も共通のものがあり,外見上は一般には区別しにくい。
→医薬品
執筆者:辰野 高司
ギリシア・ローマ時代にすでに薬物を扱う倉庫あるいは商店を意味する言葉としてアポテカapotheca,メディカメンタリウスmedicamentariusというラテン語の用語があった。アポテカはギリシア語のアポテケapothēkē(〈予備に取っておくこと〉の意)に由来し,ドイツ語のアポテケApotheke,フランス語のアポティケールapothicaire,英語のアポセカリーapothecaryといった後世の薬店,薬局を指す言葉となった。
中世ヨーロッパでは施療は僧院(修道院)の中で行われ,僧院には必ず付属の薬草園と調剤室があり,調剤僧が医師を兼ねることが多かった。8世紀になると,ドラッグdrug(乾燥した草木)という英語も使われ,のちの薬剤師druggistや薬局drug storeを指す用語が派生した。アラブ・イスラム世界では進んだ医薬文化を達成したが,8世紀には国営の製薬所および薬店がバグダードに出現した。この店はサイダラーニーṣaydalānīと呼ばれたが,それは当時の新薬ともいうべきサンダル(白檀)を専門的に扱うことに由来する。またアッタール`aṭṭārと呼ばれる薬種商は,香料と生薬(しようやく)を扱い,その調合にも熟達していた。やがてヨーロッパでも僧院のほかに,市中にも薬局が出現した。これらはおもに生薬を扱う商人であったが,香辛料も扱っていた。その後薬種商たちもギルドを組み,その加入者たちだけが調剤・販売の営業ができる規則となった。したがって薬店を開くには,ギルドに入って徒弟教育を受け,専門知識を修得し,免許を受ける制度となった。13世紀末にイタリアで最初の公立薬局が誕生し,初めは医師と薬剤師が共同経営していたこともあり,占星術師や錬金術師たちも仲間に入り,薬局はいわば科学サロンのような存在でもあった。これらのギルドの紋章にはてんびん(天秤)が描かれ,薬品の検査・計量が彼らの職能の象徴と考えられていた。こうして18~19世紀になると,薬局の社会的地位も高くなり,経済的にも恵まれた階層となった。
執筆者:立川 昭二
店舗を構えた薬屋がいつごろ出現するかはよくわからない。ただ日本の留学僧円仁が著した《入唐求法巡礼行記》や李肇(りちよう)の《唐国史補》中に,長安の西市に薬行があったことがみえるので,唐代の西市では,薬屋が軒を並べていたことが知れ,また《清明上河図》の市街図によって,北宋末期の汴京の薬屋の姿を具体的に知ることができる。しかし唐・宋以前にも薬屋は存在したのであり,甘粛省の武威から出土した医薬に関する漢代の木簡中にすでに薬名と薬価がみえること,後漢時代に逸民たちが名山で採取した薬草を市で売っていることなどから,それが知れる。ただ店舗の存在は確認できず,六朝末の陶弘景の《本草経集注》に,偽物の薬を売りにくる者がいると書かれているので,六朝までの薬屋は行商が多かったのかもしれない。いずれにせよ中国では古代から医者と薬屋は分業であったことは確かであって,宋代以降《和剤局方》に示された薬の処方箋によって投薬する医者が多くなるにしたがって,しだいに医者は薬屋に従属するようになり,民国時代でもこの状況は変わらなかった。
→薬売
執筆者:勝村 哲也
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
… 実物や立体のつくりものを看板として用いることも,上記の看板と平行的に行われている。《洛中洛外図》その他江戸初期の風俗画をはじめ,江戸中期から明治にかけての多くの文献・絵画や,現存の実物によると,この種の看板としては,酒屋の杉玉,薬屋・砂糖屋の薬袋,ようじ(楊子)屋の猿の置物,そろばん屋・扇子屋・眼鏡屋・櫛屋・きせる屋・下駄屋・ろうそく屋・筆屋・数珠屋・刃物屋などの大型模型,紙屋の大福帳形,菓子屋の金平糖(こんぺいとう)形などがある。酒屋の杉玉は中国やヨーロッパの居酒屋で目印としたブッシュの束と共通性があるが,杉を用いるのは日本だけである。…
※「薬屋」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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