薬物依存(読み)ヤクブツイソン(英語表記)Drug addiction

デジタル大辞泉 「薬物依存」の意味・読み・例文・類語

やくぶつ‐いそん【薬物依存】

麻薬覚醒剤アルコールなどの連用の結果、その薬物なしには平常の状態を保持できなくなること。嗜癖しへきを生じて習慣となり、やめることができない精神的依存と、増量しないと効き目が出なくなる耐性を生じ、やめると禁断症状が現れる身体的依存とがある。→薬物依存症

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精選版 日本国語大辞典 「薬物依存」の意味・読み・例文・類語

やくぶつ‐いぞん【薬物依存】

〘名〙 反復的、または連続的な薬物の連用によって起こる、その薬物に頼ってしまう状態。精神的な依存と、身体的な依存とがある。

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六訂版 家庭医学大全科 「薬物依存」の解説

薬物依存
やくぶついぞん
Drug addiction
(こころの病気)

どんな病気か

 薬物依存を引き起こす薬物は表7に示すように、中枢神経系を興奮させたり抑制したりして、「こころ」のあり方を変える作用をもっています。これらの薬物を連用していると耐性(たいせい)がつき、同じ効果を求めて使用の回数や量を増やしていくうちにコントロールがきかなくなって、連続的・強迫的に使用する状態になります。この状態を薬物依存といいます。

 薬物依存には、薬物の連用を中断すると、落ち着きを欠き、焦燥感や怒りっぽさを示す精神依存と、薬物特有の離脱(りだつ)症状を示す身体依存との両面があります。薬物依存が続くと、自己中心的でイライラして怒りっぽくなり(情動面)、何かをやろうとする意欲が減退したり(意欲面)、犯罪を平気で犯したり(道徳面)という三方向の性格の変化が認められます。薬物使用によって身体障害や精神障害、社会的な問題(退学・失業・離婚・借金・事故・犯罪など)が引き起こされていてもなお、誘われたり薬物を目の前にすると、使用したいという渇望感(かつぼうかん)が強くなり、手を出してしまうのです。

薬物依存の特徴

 現在のところ、日本で流行している乱用薬物は(かく)せい(ざい)メタンフェタミン)、大麻(たいま)有機溶剤シンナートルエンなど)が主なものですが、最近ではベンゾジアゼピン系の向精神薬も多くなっています。薬物依存の本質は、体の痛み、心の痛みに耐えきれずに、生きている実感を得るために示す自己確認・自己治療の努力がそのきっかけとなります。

 また、何とかして薬物を入手し「薬物中心の生活」をしている薬物依存者は、同時に周囲にいる家族にも依存しないと、一人ではその生活が成り立ちません。家族を不安に陥れては、自分の薬物依存の生活を支えるように仕向ける「ケア引き出し行動」が非常にうまいのも特徴のひとつです。

 薬物依存の治療の主体は依存者自身なのですが、薬物依存の結果引き起こされた借金や事故・事件などの問題に対して、周囲にいる家族などが尻ぬぐいや転ばぬ先の杖を出しているかぎり、家族の努力は決して報われることはありません。このように依存者の「薬物中心の生活」に巻き込まれて、際限なく依存者の生活を丸抱えで支えている家族などを「イネイブラー」といいます。

症状の現れ方

 薬物依存でみられる症状としては、①乱用時の急性中毒症状、②精神依存の表現である薬物探索行動と強迫的な薬物使用パターンなど、③身体依存の表現である各薬物に特有な離脱症状禁断(きんだん)症状)、さらに薬物の慢性使用による④身体障害の症状と⑤精神障害の症状があります。このうち、主な薬物にみられる①と③の主要症状は、表7にまとめてあります。

 何とかして薬物を入手するための行動を「薬物探索行動」といいますが、ベンゾジアゼピン系の睡眠薬や抗不安薬の依存では、指示された以上に服用するために、薬をバスに忘れたとか落としてしまったと嘘をついたり、同時に複数の医療機関に受診すること(ドクターショッピング)がみられたりします。有機溶剤や覚せい剤の依存では、多額の借金をしたり、万引き・恐喝・売春・薬物密売などの事件を起こすこともしばしばあります。

 日本で流行している乱用薬物では、比較的高率に幻視(げんし)幻聴(げんちょう)身体幻覚(しんたいげんかく)や被害関係妄想(もうそう)嫉妬(しっと)妄想などを主体とする中毒性精神病を合併し、まともな判断ができないために、自殺しようとしたり、傷害・殺人などの凶暴な事件にもつながりやすいのです。

検査と診断

 診断は、本人・家族などからきちんと使用薬物やその使用状況、離脱症状の経過などが聴取できれば、比較的容易です。合併する肝臓障害末梢神経障害などの身体障害や精神障害は、それぞれ専門的な診断を必要とします。静脈内注射による使用者では、とくにB型・C型肝炎、HIV感染をチェックする必要があります。

治療の方法

 中毒性精神病が発病していれば、まず精神科病院に入院して、依存対象の薬物から隔離(かくり)・禁断することと、幻覚・妄想などの精神病症状を抗精神病薬によって治療することが必要です。本人が承諾しない時は、家族の依頼と精神保健指定医の診断によって医療保護入院で対応します。中毒性精神病を合併しない場合では、できるだけ本人から治療意欲を引き出して、任意入院で対応するのが原則です。

 薬物依存の治療には、認知行動療法が有効です。

 薬物依存者の薬物中心の生活に巻き込まれ、イネイブラーの役割を演じている家族などが、自分の行っている余計な支援にきちんと限界を設けて、薬物依存の過程でみられる各種の問題の責任を依存者自身に引き受けさせるようにしていけば、依存者は「底付(そこつ)き体験」をすることによって断薬を決意します。底付き体験とは、社会の底辺にまで身をおとすということではなく、自分の本来あるべき姿(同級生の現状で代表される)と現在の自分の姿を比較するなどして、このままではどうしようもないと自覚することをいいます。

 さらに、断薬継続のためには、NA(ナルコティクス・アノニマス)などの自助グループミーティングに参加することが有効です。

病気に気づいたらどうする

 喫煙・飲酒を経験したことのある未成年者は、薬物乱用・依存のハイリスク集団です。薬物の乱用・依存は素人でも診断できてしまうため、素人判断で対応をしてしまうことにより、かえって重症化してしまうことが多いものです。

 したがって、有機溶剤・覚せい剤などを乱用している疑いがあれば、早期に児童相談所、教育相談所、地元警察署少年課、精神保健福祉センター、薬物依存専門の精神科病院に相談することが、重症化を防ぐことにつながります。

 なお、麻薬に指定されているアヘン類、コカインLSDMDMAなどのほか、大麻による依存を診断した医師には、「麻薬および向精神薬取締法」によって、本人の住所地のある都道府県の業務主管課に届け出の義務が課せられています。

関連項目

 アルコール依存症

小沼 杏坪


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改訂新版 世界大百科事典 「薬物依存」の意味・わかりやすい解説

薬物依存 (やくぶついぞん)
drug dependence

薬物の反復摂取の結果として,その薬物の摂取がやめられなくなる状態で,精神的に薬物摂取の継続を渇望する状態を精神的依存psychic dependence,また,薬物摂取をやめると,種々の身体的異常,すなわち退薬症状(禁断症状)がでてくるような状態を身体的依存physical dependenceとよぶ。これらの依存,とくに身体的依存には,しだいに薬物の用量をふやさないと初めと同じ薬効が得られなくなる,いわゆる耐性toleranceが伴う。精神的あるいは身体的依存のどちらが形成されるか,または両者を共有するかのほか,退薬症状の相違や耐性を伴うか否かなどによって,表のように分類される。

 精神的依存の形成には,その薬物に対する初期体験が最も重要な要因となり,反復連用によってその危険性が増大するが,依存性薬物とのはじめての接触で完全な精神的依存が生じるわけではなく,たとえば,あまり少量では当然薬物の効果が期待できないし,一方,誤って大量の中毒量を摂取したような場合は,かえって不快な副作用が強く,再びその薬物をとろうとの欲求は生じないので,薬物本来の性質に加え,最初の体験時の用量をはじめ,投与間隔,投与期間,環境,生理条件など,その他の条件が重要な影響をもつ。

 一方,身体的依存も,初期の体験からきわめて速やかに形成されることが知られている。身体的依存の結果として,退薬によって出現する退薬症状は,一般にその薬物の通常の薬理効果の逆の作用が現れる。すなわち,モルヒネなど麻薬性鎮痛薬の場合には,これら薬物の中枢神経系抑制による鎮静,体温降下,血圧降下などとは逆に,不眠,落着きのなさ,急激な体重減少のほか,血圧上昇をはじめ数々の自律神経系の失調の症状を呈し,バルビツレート・アルコール型依存の退薬では,不安,不眠,振戦,痙攣(けいれん)のほか幻覚,妄想などがみられる。バルビツレートとアルコールによる依存の状態は類似しており,一方の退薬症状が他方によって抑制されるいわゆる交差依存が成立することから,一つの依存の型に分類されている。この型の依存には,バルビツレートやアルコールのほか,各種の非バルビツレート催眠薬や抗不安薬など,化学構造はまったく異なるが薬理効果の類似する各種の薬物が含まれる。麻薬,催眠薬,アルコール,覚醒薬などの連用が続くと,依存から中毒にまで進み,社会的にも大きな問題となることが多い。
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「薬物依存」の意味・わかりやすい解説

薬物依存
やくぶついぞん
drug dependence

ある種の向精神作用のある化学物質を,抑制することの困難な欲求のために,継続してあるいは周期的に使用すること。この概念は 1960年代後半から用いられはじめ,それ以前は薬物嗜癖 drug addictionという概念が用いられていた。嗜癖とは,ある薬物を使用しているうちに増量しないと効果を得られなくなる薬物耐性と,その使用を中止したときに禁断症状が現れることを指標にした概念である。しかし,耐性や禁断症状がなくてもその薬物の使用を抑制することが困難になる場合が少くないので,今日では,上記の定義で薬物依存という語を用いることになった。依存の対象となる薬物で代表的なものは,モルヒネと飲料アルコールである。

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